第27話
叶槻の頭の中で嵐のように思考が渦巻く。
そんな馬鹿な。
気の触れた学者が作り出した妄想じゃないのか。
古代の原始人が出鱈目な想像力で産み出した迷信じゃないのか。
あり得ない。
やはりあの神殿の中に眠っていたのか。
あれが太古の神だと。
信じられない。
なんて大きさだ。
嘘だろ。
あんなものがいる訳ない。
そんな叶槻の思いを無視するように、一層輝きを増した朝日は丘の上に立つ巨大な何かを際立たせ、存在を確かにしていく。
黎明の光を受けて屹立するその姿は。
なんと醜く。
なんとおぞましく。
なんと神聖なのだろうか!
陽光の下、明らかになった丘の上の存在を見た瞬間、伊375潜の全員が絶叫と悲鳴を上げた。太古から受け継がれ、無意識の最奥に潜んでいた根源的な恐怖が彼らを一気に包み込む。目の前にある巨大な存在はこの世で最も危険なものだと、本能のサイレンがけたたましく鳴り響く。
叶槻も同じだった。
激しい嫌悪感と危機感が身内から沸き上がり、心臓が今だかつてない程の早鐘を打つ。四肢が震え出してまともに立っていられない。猛烈な吐き気と目眩が襲いかかる。
わずか一目見ただけで、重病に罹患したような状態になってしまった。
心の中にある理性が暴虐な鋭い爪でずたずたに切り裂かれていく。その理性は痛みに堪えながらも叶槻に告げる。
あれは人類全体の敵だ。この世に居てはいけない。再び封じ込めなければならない。
しかし、周りにいる伊375潜の乗組員たちは完全にパニックを起こしていた。狂ったように金切り声や悲鳴を上げて腰を抜かし、逃げ惑い、歴戦のベテラン兵ですら甲板に手をついて嘔吐を繰り返している。死の恐怖に抗い続け、これまでの負け戦を耐え抜いてきた真の勇者たちでさえ我を失い恐慌状態に陥っている。
これでは戦えない。何もできない。これが神の力なのか。人間は神の前では何もできない無力な存在なのか。
微かに残った理性も尽き果てて、叶槻の正気が狂気にとって変わられようとしていた。
彼の顔を何者かが両手で挟み込み、動けないようにした。
叶槻の顔を正面から見据えたナンシーの声が頭の中に響く。
「叶槻少佐、言った筈よ!信じるか狂うか、選択をしなきゃならないって!今がその時よ!目の前のものを現実だと信じるか、否定し続けた挙げ句に狂うか、どちらを選ぶかはあなたの自由よ!でもこのまま死ぬまで狂い続けて、それで本当に良いの?あれは現実よ!太古の邪神は現実に存在しているのよ!それを認めた上で、やることがあるでしょう!私が言いたいことはそれだけよ!後は好きになさい!さあ、選びなさい!」
ナンシーの言葉で叶槻はようやく悟った。このことだったのか。
信じられない。あり得ない。おかしい。そんな訳がない。思えば日本を出てからこれまでに起こった出来事に対して、叶槻はそんなことばかり考えていた。現実を否定し続けていた。だが、それが反って心のどこかに不安定さを生じさせ、歪みとして積み重なり、太古の邪神に付け込まれているのだ。たとえどれほど異常であってもそれが現実であるのなら、それをそのまま受け入れるべきだったのだ。
太古の邪神は存在する。永い眠りから目覚めて世界を滅ぼそうとしている。これが現実だ。現実を信じろ。そして全てを受け入れろ。
再度、叶槻は丘の上に立つ巨大な存在を見た。
あれは神だ。そのことを認めろ。そして信じるんだ。だが、服従はしないぞ。
気が付くと動悸も吐き気も消え、叶槻は心身共に正常な状態に戻っていた。
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