第2話
「艦長、中に入って休んでください。今から緊張していては持ちませんよ」
副長兼航海長の
タラップを降りたところに愛工が立っていた。自分よりもかなり歳上の愛工に、叶槻は内心苦手意識を持っていた。
叶槻は艦長としては新人である。元々は戦艦や巡洋艦などの水上艦で砲術士官を努めていたが、半年前のレイテ沖海戦で水上艦艇群は壊滅的な打撃を受けた。叶槻の艦は沈まなかったが国内に充分な燃料がなく、出撃不能になってしまった。そこへ潜水学校入学を命じられ、卒業後直ぐに潜水艦の艦長になったのだ。
30歳の艦長は若く異例であるが、要は上層部は輸送潜水艦などの艦長に歴戦の潜水艦乗りを就かせたくないので、叶槻を無理矢理艦長に仕立て上げたのだ。こういった事情も叶槻の上層部批判の原因だった。
一方の愛工は真の潜水艦乗りである。潜水学校卒業後、10年以上も潜水艦で世界中の海を潜ってきた。年齢も経験も自分より遥かに上の部下を持つのは叶槻には初めてであり、それ故彼は愛工大尉にどことなく引け目を感じていた。
「このまま10ノットで浮上航行を続ける。朝方と同時に潜航」
叶槻の命令に愛工は承服しながらも視線を落とした。
「浮上してもたったの10ノットですよ。前の艦は20ノットは軽く出たのに。いつになったら到着するのか。先が思いやられます」
伊375潜の最大速度は水上で13ノット、水中で6.5ノット。普通の潜水艦の半分程度だ。確かに遅い。これでは敵の輸送船を見つけても追いつくことすらできない。貨物積載量を最大限に増やすために小型の機関を使わざるを得ず、そのツケとして極端に鈍足になってしまった。
ベテランたちが乗りたがらない訳だ。輸送用潜水艦は全てにおいて低性能だ。武装は貧弱、速度は遅く、貨物積載量も通常の輸送船には及ばない。プロフェッショナルを自認する潜水艦乗りなら嫌がるのは当然だ。事実、55人の乗員の内で経験者は半分しかいない。残り半分はまったくの新兵だ。
ここ数年の日本海軍はやることが全て間違っている。叶槻はそう思っているが、愛工も同じなのだろう。だが、不平を言っても何も変わらない。
「副長、そういった愚痴は私以外の者には言わないように。士気に関わる」
叶槻の言葉に愛工は小さく頭を下げた。
「機関の様子を見てきます」
愛工はそう言って艦尾の方に消えた。機関長の
司令部で初顔合わせを行った時、この二人は録な敬礼もしなかった。二人が去った後そのことを司令に言うと、潜水艦乗りは皆あんな感じであり、別に他意はないとのことだった。これまで水上艦に乗ってきた叶槻にはそんな潜水艦乗りたち独特の雰囲気、良く言えば大らかさ、悪く言えば馴れ合いに近いノリが受け入れられない。軍人としての覚悟を感じられないのだ。
どうせ機関室で俺の陰口でも言っているのだろう。
叶槻は忌々しげに艦尾を睨んだ。そんな姿を見て、声をかけるものがいた。軍医の
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