ぐるっとめぐるキッチンカーの縁結び

若奈ちさ

1.昼下がりのランチ

「あれだけ就活に労力を注いだっていうのに」

「もはや仕事にも飽きている」


 生まれも育ちも違うけれど、上の句詠んだら的確な下の句が返ってくるっていうくらい、同期のニシジマはわたしとそっくりな女だった。

 とにかくちゃんとした仕事にありつかないと人生の転落が始まるとばかりに身を粉にして就活していたのに、「ちゃんとした」なんて釈然としない思いの丈でつかんだ仕事は、人生の繋ぎでしかなくなっていた。


 どこかの政治家がいいだした『輝いてる女性』とはすべての人を指すわけではない。

 輝いている女性になるためには働きながら恋愛をし、結婚をし、出産をし、育児をして完成されるというすり込みに、わたしたちはまんまと感化されていたのである。

 二十代であるわたしは、結婚しないという幸せについては考えてみたことがないし、誰もそれを応援していない。


 ひとりで生きたきゃ勝手に生きればいいじゃんって、それはそうなんだけど。

 次なる人生の分岐点は結婚なのだ。結婚するかしないか。それはどこの会社に勤めるかよりも重大な選択だ。


「いろいろ試してわかったのは、合コンで知り合った男より社内婚がベストだってことね」

「そうだね」と同意をしておく。


 昼休み、広場に設けられたパラソルの下、キッチンカーの500円ランチを運良く手にしたわたしとニシジマは舌鼓を打っていた。

 メニューはひとつ。

 その日によって違うらしいが、きょうのメニューは『彩り野菜の肉々しいロコモコ豆腐』。

 タイトルに全部詰め込まれたライトノベルみたいにそのまんまだった。


 サイズは小さめだけど、ひとつのカップに全部入っていた。

 ご飯のかわりによそってあるのはゆし豆腐。

 その上にはベビーリーフと紫玉ねぎのスライスを合わせたサラダと、ミニサイズのハンバーグ。

 サルサ風のトマトドレッシングがかかっていて、どこをすくい取っても堪能できる。


 ゆし豆腐は温かいものだって思っていたけど、スパイスがきいたドレッシングとよくあって、冷たくてもおいしい。

 ハンバーグも冷めてはいるが、硬くなく、しょうがが効いていて、食感がまさに肉々しい。なのに油っぽくなくて、あっさりめだ。


 お得感でつい饒舌になってしまいそうだが、そろそろ屋外での飲食が厳しくなってきているこの暑さ。

 早めに切り上げて戻ろうともせず、ニシジマは猛烈に話しはじめた。


「ミキちゃんのことは手近な男ですませちゃってなんて思ってたけど、同僚ってのはある程度人となりがわかるし、身元もはっきりとしてて、会社にも毎日来てることも知ってて、給料もどの程度かわかるでしょ。もっとあればいいと思うけど、少なくとも職業偽ってたり、詐欺ってことはない。自分だって焦る年齢ではないけど、もしかしてこれは?って人に出会うとどういうわけか焦るのよ。どんな人なのか自分がどう思っているか、そんなことより自分に気があるなら引き留めなきゃって、焦ってくるの。こんなチャンス二度とないって」


 言っちゃ悪いがニシジマは普通の女だ。

 わたしも同類だからわかる。気のあるそぶりをされて困るほどモテはしない。

 だが、一生一緒に過ごす相手をそう易々と決められないし、簡単に出会えるものでもない。


「そんなこといって、恋愛マスターでもないニシジマが、言い寄られてつなぎ止めておきたくなるような男と出会った経験あるの?」

「あるからいってるんでしょ。貢いだのがボーナス程度で助かった」

「いや、助かってないし」


 意外な失敗談を聞かされて、ニシジマもやはりわたしと同様、男を見る目がないことが知れた。

 わたしには大学生時代からずるずると付き合ってきた彼氏がいた。

 思い返せばたまたま隣の席に座っただけという簡単な出会いであったが、このまま続いていくことにもどういうわけか不安はなかった。


 ただ、向こうはそうは思っていなかったらしい。

 わたしよりちょっぴりデキのいい女を見つけると、あっさりとわたしに別れを言い渡して結婚してしまったのだった。

 捨てられても今はまだ行き遅れにならなかったのが幸いだと許してしまうわたしにニシジマは「慰謝料を取れるくらいの口約束はしておくべきだったわね」といっていたのだが、逆にむしり取られていたとは。

 おしゃれなランチに資金が尽きただけじゃなくてもランチ代をケチりたくなるわけだ。


 わたしたち、ツイてないだけなのかな……。

 アスファルトの照り返しを避けるように天を仰ぐ。パラソルの骨組みが見えただけだった。つられるようにしてニシジマもパラソルを見上げるそぶりをしているのが視界に入ってきた。

 そんなところに神様なんているわけない。だけど……。


「わたしもね、合コンより神頼みだなって思ってたの」

 そういうとニシジマは「いやいや」と、喉をつまらせそうになりながら首を振った。

「合コンよりっていう部分以外、まったく共感できないんだけど」


 ツレないニシジマの気持ちはよくわかる。

 いい加減なようでいて、わりと現実的に人生の節目を通り抜けてきたわたしたちが、紆余曲折辿り着いたよりどころが『神頼み』だなんて。


「神頼みってどういうことよ?」

 ニシジマは声が裏返る寸前になりながら問いただす。

「最近ね、家の近くの神社で毎日顔を合わせる女子高生がいるの」

「ちょっと待って、男子高校生でもなく、女子高生?」

「話しは最後まで聞きなさいよ」


 違う方向へ勘違いしはじめたニシジマを制して話しを続けた。

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