第26話 失意の透子

 ここ数日、運動場で透子とばったり遭遇する事が続き、トレーニングメニューをこなせてなかった 颯天はやてだったが、今日は久しぶりに、本腰入れるつもりで運動場へ向かった。


 運動場へと続いている最後の廊下を歩いている時、遠目に荒田を見かけた。

 

(荒田さんだ! 遠くからでも、存在感がスゴイ有るから、すぐ分かる! 僕もあんな風格が備わっていくといいんだけどな~!)


 荒田の横には、女性が1人、共に歩いていた。

 透子かと思ったが、スレンダーな透子に比べ、もっとメリハリの目立つグラマラスなボディラインをしていた。


(あれは……淡島さん? 荒田さんとは違うグループのはずなのに……違うグループ間で、対戦訓練のようなのも有るのかな? だとしたら、雅人にとっては、ラッキーだろうけど、なんか、そんな感じでもなくて、もっと親密そうにも見える)


 荒田の横には、同じグループの透子がいるのが当然と言う感覚でいた颯天は、その2人の組み合わせに違和感を覚えた。

 上司と部下の関係にしては、やけに距離感が近いように見えていたからだ。

 立ち止まって、その様子を見続けようとしていたが、そんな颯天の視界を遮って来た存在がいた。


「宇佐田君、昨日の件だけど、どうだったの? もちろん、ちゃんと矢野川君に話してくれたわよね?」


 得意の上から目線で尋ねて来た千加子。


(わ~っ、浅谷さんだ~! 僕に聞いて来るって事は……? そうか、まだ雅人は、浅谷さんと話す機会が無かったんだな……)


 千加子を見ると、苦手意識が先行してしまい、狼狽うろたえた颯天。


「ああ、その話なんだけど……」


「まさか、矢野川君にまだ話してないなんて事はないわよね?」


「いや、も、もちろん、話したよ!」


 疑いの眼差しを向けて来る千加子に、慌てて返答した。


「で、矢野川君、なんて言っていたの?」


 颯天の言葉が待ち切れず、鼻息を荒くしている千加子。


「あの……それについては、雅人の方から直接話すって」


「え~っ! ウソみたい~! 矢野川君が、じきじきにお返事下さるの~?」


(雅人の名前を出しただけなのに、なんか黄色い声あげて、言葉遣いまで、僕に対するのと随分違っている……)


「やっぱり……彼も、私の事がすごく気になっていたから、宇佐田君を通してではなく、私と直接、会いたかったのね~!」


「いや、そういう事とは違うと思うけど……」


 あまり千加子を期待させるのも、雅人が後から大変な目に遭いそうで気の毒に感じ、自分の思った通りに伝えた颯天。


「何言ってるのよ~! そんなわけないじゃない! 芹田先生だって、おっしゃっていたじゃない! 私の解釈通りだって!」


(いや、芹田先生は、別に解釈通りとまでは言ってなかったような……まあ、近い線はいってそうな感じだったけど……)


「こんなお馬鹿さんを相手にしていても、らちが明かないわ! さあ、寮に戻って、顔面パックして、お肌と髪の手入れしなきゃ!」


 雅人と会う時に備えて、美しくあろうとしている千加子。


(僕は、お馬鹿さん扱いか……それにしても、浅谷さんと、おめかしって、あまり合わない感じだけど。そんな風に感じるのは、僕だけなのかな? おめかしという言葉が似合うのは、やっぱり、なんと言っても透子さんを除いて他にいない! あ~、透子さんと、また、ここで逢えないかな~?)


 思いがけず連日、運動場で透子と会えていた颯天は、また次なる偶然を期待しながら、昨日と一昨日のロス分を取り戻すつもりでトレーニングをしていた。


 しばらくすると、ランニングをしている颯天の足音とは、違う足音が運動場に響き出した。


(この足音は……もしかして……?)


 颯天が期待して振り返ると、期待通り、透子が走っていた。


(透子さんだ! だけど……)


 透子の様子がおかしく感じられ、足を止めた颯天。

 走っている姿や速度からも、透子が本気で走っていない雰囲気が伝わっていたが、その顔は、上向き加減で涙を溢れ返させ、頬を幾筋も伝わらせていた。


「新見さん、どうしたんですか?」


 声を掛けずにはいられなかった颯天。


「宇佐田君……」


 立ち止まり、首にかけていたタオルで、慌てて涙をぬぐった透子。


(透子さん……もしかして、さっきの荒田さんが淡島さんと一緒にいるのを見かけてしまって、相当ショックを受けたのかな?)


「あの……僕で良かったら、話してもらえませんか?」


 傷付いた透子の支えになりたい颯天。


「哀しい事が起きたの。荒田さんのプロポーズを断った時から、覚悟はしていたつもりだったけど……」


(やっぱり、荒田さんの事か……もしかして、淡島さんといたのは、荒田さんのプロポーズを断った事への腹いせ……?)


「あっ、さっき、荒田さんが淡島さんと一緒にいるのを見ました……」


 透子のか細い肩がビクッと動いた。


「あの2人ね、結婚を前提に交際するらしいわ……私への指輪をそのまま使い回したのね。彼女の指に、少しきつそうな状態だったのを見たわ」


 その様子を思い出したかのように、笑っていた透子。


(あの2人が結婚を前提に……? それなのに、透子さん、そんな風に笑って……)


 衝撃が大き過ぎて、透子の気がれたのではと心配になる颯天。

 

(どうしたら、透子さんが正気を取り戻せる……?)


「新見さん……新見さんより、他の女性を選ぶような男の人は、そもそも女性を見る目が全然無いんです!」


 颯天が透子の正気を取り戻すつもりで熱弁すると、透子が吹き出した。


(えっ、僕はまた、何か見当違いな発言をしてしまったのか……?)


「この前も、そんな感じで慰めてくれたよね、宇佐田君。優しいね……」


 透子が正気を失ったわけでは無かった事にホッとした颯天。


「良かった……哀しそうな話題なのに、新見さんが笑ったりしていたから、心配でした!」


「心配って……? もしかして、私の頭がおかしくなったのかと思っていたの? 宇佐田君って、心配性なのね! 私、本当に指輪を使い回ししていた荒田さんと、淡島さんのきつそうな指が面白過ぎて、思い出したら笑わずにいられなかっただけなのに……」


 あれほど涙を流していたわりに、思ったよりもこたえてない透子に安堵し

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