第17話 募る不安
2日目の現場研修を一通り終えた
前日と同様、颯天以外に運動場へ足を運ぶ訓練生などはいなかった。
(あんな事を聞かされて、不安に感じたのは僕だけなんだ! 幕居さんは、訓練生生活はただの腰かけと割り切っている。その任期が終了する前に、ちゃっかり地球防衛隊員のエリート隊員の誰かと結婚する予定でいるから、あんな脅しのような言葉なんか、耳を通り抜けて頭にまで届いていないんだ! sup遺伝子が覚醒している連中にとっては、あんな話は所詮、ただの人ごとだから、気にも留めてなんていない! 覚醒しないまま4年が経った時には、僕のこの記憶……このビクビク恐れながら過ごすであろう記憶さえも、全て奪われてしまうんだ!)
その事ばかりが頭の中を占領し、トレーニングに専念出来ずにいる颯天。
ランニングも、いつもの半分の速度も出せず、ダラダラ走りになっていた。
「そんなにゆっくり走って、何か悩み事でも有った?」
透子が運動場に着いた時に、そんな調子で走っている颯天を見るに見かねて声をかけた。
(透子さん! また会えた!)
驚いた反動で、足が止まった颯天。
「新見さん……あっ、僕は、もう終わるところだったので、どうぞ、運動場使って下さい」
昨日も、自分が使用していたせいで、透子が運動場を使うのを遠慮して帰ったと思い、申し訳無く感じていた颯天。
「私が運動場でトレーニングしているのを知っていたって事は、もう噂は耳に入ってるのね……」
透子がsup遺伝子未覚醒の事を指していると気付いた颯天。
「はい、同期の矢野川雅人から、昨日聞きました……」
「矢野川君? ああ、あのスーパー新人さんね! 彼は、ここでもかなり注目株よ。そんなレベルの高めな友人がいるって、どんな感じなの?」
その実力差を身近に感じる事で、颯天は複雑な心境にならないかと心配している様子の透子。
「妬ましかったり、反感しか抱けなかったり、色々な気持ちにさせられた時も有ったけど、雅人はやっぱり、僕にとっては唯一無二の大事な親友なんです!」
「そうなの。そういう友情を育めているって、羨ましいわ。私は、いつも1人で孤立している事が多いから……」
大和撫子隊1番の人気者と思っていた透子が、そんな孤独な思いで過ごして来ていたとは信じ難かった颯天。
「新見さんが、孤立しているなんて思えなかったです! いつも、荒田さんがそばにいるのだと思ってました」
「学生時代も、訓練生時代も、私は、いつも1人でトレーニングに長時間打ち込んでいた。ここに来てからは、荒田さんと同じグループだから、公私ともに一緒にいる機会が多かったけど……」
「新見さんの事をちゃんと理解してくれる人と、出逢えて良かったですね」
颯天の傍には、いつも雅人がいてくれていた。
が、透子はずっと孤独を味わい続けていた。
本心では、恋敵である荒田との関係を認めたくはなかった颯天だったが、それだけ長い期間、透子が孤独だった事を知った時点からは、その想いが報われる時が来ても当然と、素直に応援してあげたい心境になっていた。
「……それが、残念ながら、彼は、私の事を本当の意味で理解しようとしてくれてなかった。彼にとって、私との関係は、ただの見栄とか、私への同情とか、そういう気持ちしか無かったという事が分かってしまったの。だから、私は、そこに甘んじる事は出来なかった……」
透子の発した言葉を頭の中で何度も反芻した颯天。
(甘んじる事は出来なかった……? それって、まさか、透子さんと荒田さんは、もう破局しているって事だろうか? ……という事は、もしかしたら、僕にも全く可能性が無いわけでは無いんだ! 雅人の言った通りだ! 一見無理そうに思えるような事でも、諦めないのは、大事なんだ!)
「あの、僕が、こんな事を言うのは、生意気に思われるかも知れないですが……新見さんの良さが分からないような方とは、きっと、御縁が無かったんだと思います!」
透子を励ますように、きっぱりと断言した颯天。
「ありがとう。最初、あなたの方が、何か悩みが有るように思えて、私が尋ねたのに、いつの間にか、私が慰められてしまうなんて……頼りない先輩よね」
颯天を見つめながら微笑んだ透子。
(そんな事を言っている透子さんも、奥ゆかしくて可愛い! こんな可愛い人を手放すなんて、荒田さんはすごく愚かだ!)
「新見さんが頼り無いなんて、そんな事無いです! 実際、僕は、今日の現場訓練で、悩んでいたのは事実なんです! でも、誰一人、僕のそんな気持ちなんて、僕から言い出さない限り、気付いてもらえないんです。そこに気付いて下さっただけでも、新見さんは、すごく気配り上手で素敵な人だなって思います!」
「そんな風に褒められても、私にはあまり参考になるような助言が出来ないかも知れないけど……同じ立ち位置にいる者として、何か相談に乗れる事が有るかも知れないから、良かったら話してみて」
同じsup遺伝子未覚醒者同士であるからこそ、自分の悩んで来た姿を重ね、颯天の悩みを少しでも解消させてあげられたらと願う透子。
同期の中では、自分だけしか深刻に受け止めた者はいなさそうに見えた研修中の出来事だったが、同じ悩みを持ち続けている透子には、分かってもらえそうな気がしてきた颯天。
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