第125話 鞭で叩くより飴で釣れ
約一名に関してはほぼほぼ手伝いのおかげではあったが、それでも前向きに取り組んでくれたのだから良しとする。
勉強している最中、机の向かい側に座っている
彼はそんなことを思いながらも、特に思い当たる節は無いのでそのまま集中力が途切れるまでペンを進めた。
「ふぅ、明日頑張れば課題は終わりそうだな」
「まだ復習が必要だけどね〜」
「勉強さんとはしばらく顔を合わせたくないですぅ」
「そういうわけにもいかないだろ。テストまでは頑張ってくれ、補習に引っかかる方がしんどいぞ」
「うぅ、頑張れるまで頑張ります……」
「マリーも応援してるよ〜♪」
夢結の応援をしている三人を横目で眺めつつ、ペンの握りすぎて跡がついてしまっている花楓の手のひらを親指でムニムニと押してあげる。
気持ちよさそうに頬を緩める彼女は珍しく頑張った。今日はもう休んでいいだろうから、あえて鞭を打つようなことは言わないでおいた。
その方が頑張れるタイプだということを、これまでの十数年間でイヤというほど知っているから。
「頑張れた花楓には何かご褒美をあげよう」
「いいの?!」
「僕に出来る範囲でね。巨人になって怪人と戦って欲しいとかは無理だよ」
「私はみーくんのみーくんが大きくなってくれたら満足というか……ね?」
「『ね?』じゃなくて、ナチュラルに下ネタぶっ込むのやめてよ」
「ぶっ込むって……みーくんのえっち♪」
「どう捉えたらそうなるのか分からないんだけど」
幼馴染だからと分かった気になっていたが、やっぱりそうでも無いらしい。告白された時もそうだったが、瑞斗は花楓の事を知らなさすぎる。
ただ、ひとつ確かなこともあった。口では下ネタを言ったり誘っているかのようなセリフを吐いてはいるが、いざそうなって焦るのは彼女自身であることだ。
もちろん、
「時間も時間だ、先に風呂に入るか?」
「さんせ〜♪」
「気分をさっぱりさせたいです!」
向こうの三人はいつの間にか夕食前にお風呂に入るという意見でまとまったらしく、せっせと着替えを取り出して準備をしている。
瑞斗も特にこだわりがないので他の4人が上がってから入らせてもらおうと思っていると、奈月が何かを思い出したようにこちらを振り返った。
「そうだ、
「うん、その方が疲れが取れるからね」
「だったら悪いな。我が家は今節水中で、浴槽に半分程度しか湯が入っていないんだ」
「と言うと?」
「肩まで浸かりたいなら、他の誰かと一緒に入ってかさ増ししてもらうしかない」
「……なるほど」
父親と一緒にお風呂に入ると、上がった時にはお湯が溢れた分だけ減っている現象。あれを応用して少ない湯で満足しろということらしい。
しかし、そうなると途端に問題が発生する。奈月家はあくまで一般家庭、風呂の広さも想像の域を超えない程度なはず。
そこにこの中の誰かと一緒に入るということは、それ即ち理性という名の蜂の巣を棒で突っつくようなもの。要するに危険ということだ。
ここは残念だが、一人での入浴という条件を優先して湯船に浸かるのは諦めるしかないらしい。
「やっぱり僕は―――――――――」
「母さんが姉川が来ると聞いて入浴剤を買ってきたんだ。よく眠れるようになるらしいとあの日はウキウキしていたな」
「…………」
「私も母親をガッカリさせたくはない。出来ることなら、全身で入浴剤を堪能して貰いたいんだがな」
「…………わかったよ」
こんなことを言われれば、お人好しでなくとも折れるしかない。誰だってクラスメイトの母親が悲しむことを支度はないだろう。
瑞斗は渋々首を縦に振ると、「感謝する」と微笑んでくれる彼女の視線に次なる選択を促された。
『もう一人を誰にするのか』
その答えは一つしかない。もしも誰かと『キスしないと出られない部屋』に閉じ込められる状況でも、おそらく同じ選択をするだろう。
彼も心のどこかでは、彼女ならあるいは……という気持ちがあるのかもしれない。それとも、単に付き合いが長いからなだけの可能性もあるが。
「花楓、お願いできるかな」
「……えへへ、もちろんだよ♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます