第80話 幻想的な泡と戯れて

 あれから花楓かえで怜奈れいながそれぞれ真新しい化合物を体験してから、最後に試用した6つの評価を紙に書いて本日はお開きとなった。

 ちなみに、花楓が体験したのが『どんな料理も美味しくなる化合物』で、怜奈が体験したのが『口に含んでうがいするだけで歯磨きがいらなくなる化合物』である。

 どちらも役に立ちそうな雰囲気はあったものの、怪しい雰囲気がするので商品化するのはもう少し先のことになるだろう。


「今日は助かった。3人ともありがとう」

「いえいえ、依頼ですから」

「彼女たちも付き合わせた分、きちんと先生には評価してもらえるように伝えておこう」

「そうして貰えると陽葵ひまり先輩も喜びます」

「はは、彼女にもよろしく伝えておいてくれ」


 間瀬まぜ先輩に挨拶をして、先に旧校舎の出口へ向かいながら、お土産にもらった例のシャボン玉液を嬉しそうに眺める花楓の方を振り返る。

 隣を歩く夢結ゆゆも同じものを持っていて、怜奈の方は料理が美味しくなるやつをもらったようだ。

 満足そうな3人を微笑ましいなと思っていると、間瀬先輩が何かを思い出したように「待っていてくれ」と旧理科室の中へ戻っていく。

 少し待っていると、彼女は何やらピンク色の液体が入った小瓶を持って出てきた。


「それは?」

「惚れ薬って知ってるかい? 飲んだ相手は最初に見た人物のことが好きだと思い込む代物でね」

「そんなの創作の中のものですよ」

「ところがどっこい、ワタシはそれに類似するものを作ってしまった。男なら興味はあるんじゃないかな」

「それはもちろん。でも、効果に保証はあるんですか?」

「ああ。ワタシが飲んだところ、最初に見たフラスコが好きでたまらなくなった」

「多分、それは元からだと思いますけど」


 これだけ色々なものを作った彼女が言うのだから、もしかすると本当にこれは男にとって夢の薬なのかもしれない。

 瑞斗みずとだってモテたいという気持ちはあるし、両手に花状態で歩く金髪イケメンに嫉妬することだってある。……しかしだ。


「遠慮しておきます。僕には鈴木すずきさんがいるので」

「……ほう。ワタシは見たところ、鈴木クンはあまり君にベッタリしないように思えてね。彼女に使うのもありかと思ったのだが」

「そうなれば、彼氏としては嬉しいでしょうね。でも、彼女は今のままが一番素敵ですから」

「……すまない。ワタシは君を見誤っていたらしい」

「見てもらえるだけマシですよ」


 そんな自虐とも取れる言葉を残して、彼はその場を立ち去った。

 仮にも彼氏彼女の関係であり、同時に二人は共に嘘を突き通すと誓った共犯者。裏切ることはそれ即ち、共倒れを意味すると既に理解している。

 ただ、先程の言葉はそんな上っ面だけで作られたものでは無い。瑞斗は少しづつ、怜奈のことを知り始めているのだ。

 だからこそ、今のままが一番素敵だと思う気持ちも嘘ではないし、私利私欲のために薬を使うような下衆な真似は眼中にも無かった。


「まあ、僕が本当に恋愛をしたくなった時は、あれを飲んだら少しは恋ってのも知れるのかな」


 『そんなので作られた感情に意味なんてないけど』という言葉は口の中だけで呟いて、手招きをしている花楓たちの元へと駆け足で向かう。

 建物の外へと出ると、ずっと薄暗かったせいかやけに空が眩しく見えて、光で眩んだ目が慣れてきた頃、視界に写った景色に瑞斗は感嘆の声を漏らした。


「みーくん、どう? 大きいでしょ?」

「私の作ったやつ方が大きいわ」

「わ、私も負けてないと思います!」


 純粋無垢な笑顔でシャボン玉と戯れる3人。いくつか失敗したのか、地面に落ちた液が太陽光を反射してキラキラと輝いている。

 そんな幻想的な光景と楽しそうにはしゃぐ様子とを眺めていた彼が、『恋、知らなくてもいいか』と彼女たちの輪の中へと混ざりに行ったことはまた別のお話。

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