第27話 紹介系

 夏休みが始まり、3年生が抜けたサッカー部は冬の選手権に向けた新チームが発足していた。 

 新キャプテンは予想通りの諭。まともな監督もコーチもいないチームでは練習メニューまで決めなければいけない重要なポストだ。


 レギュラー当確線上の真斗は下級生からの突上げもあり、練習と言えども手抜きができない状況だ。女バスがインハイ予選で県大会ベスト4まで進み、きょう個人もベスト5に選出される活躍ぶりだったこともありモチベーションはかなり高いものだ。


 そしてもう1人、絶好調なのがいる。


「ほらほら一年生。前に立ってるだけじゃディフェンスの意味がないだろ?」


 エラシコからの股抜きで華麗に右サイドを突破したイケメンが中途半端になった最終ラインを嘲笑うかのようなスルーパスを前線に送る。


「「「きゃ〜! 元輝くん、カッコいい!」」」


 規模は小さくなっているとはいえ、未だ絶滅していない延平ガールズの声援を受けながら華麗にピッチを舞う姿はチームメイトとしては喜ばしいことだ。


 絶不調だったインハイ予選からの華麗なる復活。その背景には1人の少女の存在があったからだとか。


「絶好調だな元輝」


 好機を生み出した延平を労うかのように拳を突き出す真斗。


「当然だろ? 地区大会レベルで燻ってるようじゃだめだからな。日の丸を背負う使命を帯びた俺だ。頂点で待っている彼女の隣に立つまでは研鑽を怠るつもりはないさ」


 真斗の拳にコツンと自分の拳を合わせた延平。


「日の丸? あいつ代表でも狙ってるのか?」


 いつの間にか隣にきていた諭が呆れ口調で話しかけてきた。


「なでしこ様に一目惚れだとよ。女にプレーを左右されるような奴が代表に選ばれるかねぇ?」


 この間のフットサルで楓に魅了された延平は、最近では真斗や同じクラスの美鈴にそれとなく情報収集をしているらしい。


「あ〜、それは随分と高望みしたもんだ。っていうかあいつもツイてねぇな」


 延平を見ながらやれやれと言わんばかりに肩を竦める諭。


「まあ、あいつがイケメンだからと言って誰にでも通用するわけじゃないからな」


「……そういうわけじゃねぇよ」


 お前如きが言うなと言われるかも知れないが、あいつは学年には1人や2人はいるレベルのイケメン。楓の隣に立つには少々物足りない。


「見た目の問題じゃないと? サッカーの実力?」


「そうでもねぇって。ほんっとにお前、モブってんな。もうちょい自覚持った方がいいぞ?」


「? なんのだよ?」


「ハーレム系主人公?」


「はっ? ないない。お前も大概ラブコメ見過ぎだぞ?」


「読んでねぇよ。お前はもう少し、リアルな女子の心情読めるようにしておけよ?」


 彼女持ちの余裕だろうか? 諭のありがたいお言葉をもらいながら校舎をチラ見。風に髪をなびかせている美少女と目が合った気がした。


『が・ん・ば・っ・て・く・だ・さ・い』


 口元に手をやり口をパクパク。声が聞こえてくるわけじゃないけど気持ちはしっかりと伝わってくる。


 軽く左手を上げると満面の笑顔を返してくれた。


「ちっとは成長したか?」


「うっせぇよ」


 からかう諭の言葉を振り払いながらも、『まあ、少しは』と心の中で思ったりもしていた。


♢♢♢♢♢


 バイト帰りの夜道。街灯の並ぶ住宅街を楓と肩を並べて歩いていると、スマホをフリフリさせながら話しかけてきた。


「最近、冴木からよく連絡もらうんだけど」


「真斗から? 珍しいのか?」


「珍しいって言えば珍しいね。用事があれば連絡するけど、まわりにあらぬ誤解をされるのも嫌だから私から連絡することは滅多にないかな? まあ、冴木に限らず男子にはだけど、ね」


 軽やかなステップで数歩前に出た楓が、鞄を後ろ手に持ちながら上目遣いで意味ありげに見てくる。


「なるほど、俺は男子カテゴリーには属してないわけか」


 俺の記憶が正しければ、楓からもちょくちょく連絡がくる。そのほとんどが他愛のない話だ。付き合いが長い分、俺たちは性別を越えた関係性になっているのかも———


「おい、マスコミには見せられない顔になってるぞ」


 残念なモノでも見るかのような呆れ顔。


「誰のせいだと思ってるのよ、ばか」


 クルンと反転がてらに鞄で腰を叩かれる。


「イテっ! 暴力反対」


「か弱い女子の攻撃くらいしっかり受け止めてくれる?」


 この鍛え抜いた身体のどこがか弱いんだよ? ミニスカから覗くスラリと伸びた生足に視線が釘付けられてしまいそうになる。


「相変わらず綺麗なアシだな」


「……ノブくん、それ褒めてくれてるつもりなんだろうけど、他の人が聞いたら間違いなくセクハラだよ?」


「お、おぅ。すまん」


 さすがはトップアスリート。スタイルがいいのは当たり前、体幹もしっかりと鍛えられているので姿勢もいい。


「まったく。もう少し異性として見てくれてもいいと思うんだけどなぁ」


 ため息混じりの楓の呟き。


 本人には言えないが、たまにそんな風に見てしまうこともなくはない。うちのイケメンも一目惚れしてしまうほどのUR級美少女だからな。


「あ、それでね? 冴木が『試合見にこない?』とか『フットサルやらない?』とか誘ってくるんだけど、これってノブくんもなんか関わってる?」


「俺? いや、なんも聞いてねぇけど? ご近所さんだからって普段からそんなにツルんでるわけじゃねぇし」


 話しの流れ的に延平からお願いでもされてるんだろうなってのはわかるけど。


「ん〜。そっか。ひょっとして紹介系じゃないよね?」


「残念ながら紹介系だろうな。断りにくいんだったら俺から言っといてやろうか?」


 楓のことだからこの手の話はよくあるだろうけど。


「ううん。それくらい自分で断われるから大丈夫。冴木には『ノブくんがヤキモチ焼くから無理』って言っておくね」


「やかねぇよ」


 トンっと体当たりしてきた楓を受け止めながら、ぶっきらぼうに返す。


「はいはい。まだまだ彼氏つくる気なんかないから安心してていいよ? まあ、ノブくんは先に彼女作っちゃうかもしれないけどね?」


 少し寂しそうな表情で見上げてくる楓。


「そう簡単に彼女なんてできねぇよ」


「そう? ノブくんも大概だからね」


「そりゃどういう意味だよ?」


「さあ? 私はフィニッシャーだから最後に決めるのが仕事。だから、最後まで諦めないってことだけは覚えておいてね?」


 小走りに駆け出した楓のローファーの足音がやけに住宅街に響いていた。







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