第21話 無自覚良品

「んじゃあスタートは俺、タク、ノブ、笹本、宮藤な」


 諭ヘッドコーチを囲んで試合前の軽いミーティング。エンジョイクラスへのエントリーなので気楽にいきたいところだが、きょうにいいところを見せたいタクや手抜きができない楓や聖あたりがエンジョイさせてくれない可能性が頭をよぎる。


「おい、あれ見ろよ」

「あいつ! 楓ちゃんに近づきすぎだろっ!」


「ねぇねぇ。あれってただのカップルみたいね」

「ピッチ離れれば普通の女子高生ってことなんじゃない?」

「にしても男の趣味悪過ぎじゃない?」


 会場にいる人の注目はやはり楓のようだ。プレーのみならず、その存在自体が見るものを惹きつけて止まないのだろう。


「ちょっとちょっと。ナチュラルにイチャつかないでくれる?」


 ベンチから呆れたようにきょうが話しかけてくる。イチャつく? 誰が?


「いや、お前何言ってんの?」


 真斗を中心にきょうと聖がその隣をピタッと密着して座っている。少しでも腕を動かすと案件になりそうな状況なので、真斗は身動きできずに固まっている。


「何ってその状況のこと言ってるんだけど?」


 不思議そうな表情でこっちを指差してくるが、何を言いたいのか理解できない。


「鏡花。あの2人には普通のことだから言ってもわかんないってば」


 聖が身を乗り出しながらきょうに話しかけるもんだから、真斗が仰け反りながらなんとか距離を空けている。


「ちょ、聖ちゃん! 動かないでよ」


「ん? 何をそんなに焦ってるのかな〜?」


 小悪魔のような笑みを真斗に向ける聖だが、俺から言わせてもらうとお前の魅力は胸よりも鍛えられたお尻にあると———。


「……コホン。ノブくん? 何か邪なこと考えてない?」


 背後から楓の冷めた声。


「エスパーかよ」


「背中からノブくんの考えてることが伝わってくるの」


 背中に伝わる体温にそんな能力があったのかよ。

 恐ろしくなり少し距離を空けるが、その分だけ楓も移動してくる。


「いまさら何を気にしてるのよ?」


「お前の特殊能力だよ」


 お互いの背中をくっつけながら靴ヒモを縛り直すのは小さい頃からのルーティンみたいなものだ。


「ノブくん限定だけどね?」


 首だけ振り返ると楓は俯きながら呟く。


「なんだかんだでお前とは付き合い長いからな。最早ってやつだな」


 笑いながら言うと脇腹をギュッとつねられた。


「へぇ、腐れ縁、ね。じゃあ続いちゃうかもね」


 スクっと立ち上がった楓は、そのままスタスタとコートの中に入って行った。


「おバカ」


 一人取り残された俺に美鈴が呆れ声で一言。


「俺、なんか悪いこと言ったか?」


「無自覚はこれだから困る。あまりをヤキモキさせないように」


 無自覚ってどこぞのラブコメ主人公だよ。真斗たちのラブコメではモブかもしれないけど、最近では俺が主人公のラブコメもあるかもって思い始めてるくらいの自覚は持ってるっての。


♢♢♢♢♢


 俺たちの初戦の相手は近場の大学のフットサルサークルのチームだった。


「キミ高校生? う〜ん、大きすぎて入らないわ」


 大会ルールとしてFPフィールドプレイヤーのうち2人は女性でなければならない。エンジョイクラスということもあり、JDの色気たっぷりのお姉さんに話しかけられちゃった。ナニが入らない?


「あ〜、頑張って揺さぶってください」


 戦況を見つめながら応える。


「え〜、そんなに震えるところが見たいの? も〜、エッチだなぁ」


 胸を隠すような仕草で笑いながら返された。

 前線でマークを外そうとしていた楓の足がピタッと止まる。


「うわっ、最低」


 冷めた目つきで吐き捨てる様に言う美鈴。

 

 まてまて、俺はそんなこと言ってないし。濡れ衣濡れ衣。


「あ、でもそれなら私よりチームメイトの女の子をじっくり見ていたいかな?」


 これも一つのハニトラなんだろうか? まさかフットサルでハニトラ仕掛けられるとは思ってもみなかったぜ。


 ミックスの大会では女性の得点は2点なのでピヴォ(サッカーで言うところのFW)には女性を起用するチームが多い。ウチも今回のチームでは楓ときょうを交互にピヴォで使う予定だ。それでもポジションは流動的なので流れによってはローテーションする。 

 そして、いま目の前のフィクソ(サッカーで言うところのDF)の位置には楓が入っている。


「大学生のお姉さんと楽しそうね」


 すでに2ゴールを決めている楓が笑顔で話しかけてくる。


「楓、美鈴のフォロー」


 無理な中央突破を図った卓がボールを取られてカウンターを食らい、美鈴が数的不利の状況を作られている。


「ムッ、後で覚えてなさいよ」


 身に覚えのないことは忘れるに決まってるだろ。俺は純粋にフットサルを楽しみに来ているだけなんだよ。女なら間に合って———、間に合ってるのか? そう考えると今の俺ってリア充なんじゃね? 


 高校生活は真斗ときょうのラブコメのモブに徹してアリーナでの鑑賞を楽しむだけで終わると思っていた。


 女子と一緒に登下校して、手作り弁当食べさせてもらって、デートして、毎晩のようにメッセージや電話をして。


 まいのおかげでいい夢見させてもらってるよな。あばよ! と立ち去られる日が来るかもしれないけど、いまはまだこの状況に甘えていてもいいのかもしれない。


「ノブ!」


 不意をついたロングシュートをしっかりとキャッチし、アンダースローで右サイドのスペースに放り込むと、後方から走り込んでいた楓の足元にピッタリと吸い付く。相変わらず見事なボールコントロールですこと。

ゴレイロの気を引きながらマイナスに送ると、待ち構えていた美鈴がインサイドで落ち着いてゴールを決めた。


「ん」


「イェイ」


 ドヤ顔の美鈴と破顔した楓が小さなハイタッチを交わす。


 まいだけじゃない。楓や美鈴がヒロインのラブコメだってあるんだろうな。その中での俺の役割はなんだろうな? 2人を見ながらそのラブコメも見てみたいと思った。

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