アイドル・ドリーム・ステージ 7

前書き

お待たせしました。


+++



――幾つかの思惑が動いているが、『歓迎会』の準備自体はつつがなく進んでいた。そうして開催当日となった、地下音楽施設にて、ハルナと『東海道ペガサス』を筆頭に本番前のステージリハーサルを行なっていた。


「……ううっ、今更だけど本当に良いの?」


プテラリオスに頼み、北陸聖女学園第四分校からムツミを救い出したのち、アルテミス女学園へと連れられてきた東海道のペガサス。『嫌干きらぼしキルコ』は、ステージ客席手前に架けられた、本来はライトをぶら下げる用の鉄骨に“飾られた”戦闘機形態のプテラリオスに問い掛ける。


「あ、光った……良いよってこと?」

「恐竜さん、めっちゃ綺麗やねー!」


ステージのセット模型状態となったプテラリオスは、自身の〈固有性質スペシャル〉にて〈発熱粒子〉を嘴の如く開けた先端内部に微量に光らせて肯定の返事をする。


歓迎会の準備は順調であったが、全てが上手く行ったわけではなかった。といっても大体がステージ周りの技術関係だけの話である。それも技術担当を担っていた『すずり夜稀よき』が思いの外、歓迎会の準備に熱中してしまい、あれよこれよとしている間に、時間を浪費していき、色々な事が間に合わなくなった。


夜稀は悩んだ。正直いって無いなら無いで別によかった演出用の飾りであったが、ナチュラルハイになった彼女は、むしろこれが無いと始まらないという気持ちになった。しかしどうしたって間に合わないし、なんなら使っていい素材も気がつけば空っけつになっており。どうしようかと悩みに悩み、ふと妙案を思いつく。


――そうだ、プテラに代用してもらおう。本人の承諾のもとステージは完成したが、後で夜稀は怒られた。


「……あれ、本当にいいのかしら?」


統括プロデューサーである中等部一年ペガサス『戌成いぬなりハルナ』は、味方してくれる人型プレデターをステージセット扱いするのは本当にいいのかと、今でも不安を覚える。


「まあ、楽しそうだからいいみたいだけど」


プテラリオスもまた、意思疎通が難しいプレデターであるが、見るからに『東海道ペガサス』の子たちを大切に思っているのを、ハルナは感じ取っていた。先輩が言うには最初の頃は、自身に恐怖感情を抱く東海道ペガサスたちを配慮して、元高等部二年寮の屋上から動こうとしなかったらしい。


そんなプテラと、東海道ペガサスの子たちの橋渡し役になったキルコのおかげで、まだ完全にとは言えないが、ムツミを含めた東海道ペガサスたちは楽しそうにしており、問題は無さそうだとハルナは判断する。


「……はぁ……」


――それになによりも、気にするべき問題は別にあるとして、どうするべきかハルナは思考を、溜息が聞こえた隣へと移した。


「ううっ、やはりもっと『加護チート』を付与すれば良かったです……今からでも、歓迎会が始まるまで外で待ち人を誘うための、可辰的“こいこい舞”をするべきでしょうか」

「――可辰、溜息を吐くぐらいなら、動きなさい」

「ハルナ先輩? ……で、では、こいこい舞を今からやって来ます!」

「違う、そっちじゃないわよ!!」


朝からずっと深緑色の長髪を首と共に俯かせているのは、中等部一年ペガサスの『祝通はふりどおり可辰かしん』であった。そんな彼女が憂鬱となって、夏の熱い日差しの真下で踊り明かそうとしている理由は察している。ハルナは助言を口にする。


「まったく……私は統括Pとして、ここから動くことができないし、他のみんなも忙しいわ。だから、いま自由に動けるのは、貴女だけなの」

「……で、でも……」


自身が信じる『加護チート』を全面的に押し出して会話をする時は、自信に満ちあふれて饒舌であるが、実際の彼女は内気で人見知りな子だ。自分だけが動けると、なにをするべきかと察するものの、どうしたって躊躇ってしまう。


「……可辰的には……しょうじき荷が重いです……兎歌ちゃんも、亜寅ちゃんも、丑錬ちゃんも……今の今まで話せていなくて……」


――辛い日々を送る友達たちに可辰は、自身の信じる『加護チート』の付与。つまり祈祷の類いを毎日のように行なっていた。しかし、吉兆すら見えず、可辰は自身の根幹とも言える信仰が揺らぐ。


「……亜寅と丑錬のことは、ゆっくりと解決していくしかないわ。でも兎歌は違う、今日来なかったら、ずっと後悔すると思うの……だから、お願い。兎歌を連れてきて」


――可辰はもう、自分で歩けるよ。


ハルナの頼みを聞いた可辰は、『喜渡きわたり愛奈えな』に言われた事を思いだした。友達に置いて行かれるのが怖いと打ち明けたとき、自分の足で自分から傍に寄れるのだと教えてもらった。


「……わ、分かりました! 可辰が兎歌ちゃんを連れてきます!」


外へと出て行く可辰に、ハルナは無理強いをしないかと不安はあったが何も言わなかった。送り出した以上は信じて待つ、それが自分なのだとハルナは最終チェックを再開する。


+++


「……そういえば、兎歌ちゃんって今どこに?」


――地下から外へと出た可辰は、よくよく考えれば兎歌の居場所を知らない事に気付く。


「今の時間なら中等部の見回りを? いえ、もしかしたら今日は高等部に……ううっ」


思い当たるところが多すぎて、どこへ探しに行くべきか、全てを回っている時間は無いとうろうろしながら悩む。


「そ、そうです! こういう時こそ『加護チート』です!」


そう言って可辰は、何故か上着の袖の中に入れてあった折り畳み式のステッキを取り出すと、全開に伸ばして地面に真っ直ぐになるように立てた。


「――兎歌ちゃんの居場所を示せー!」


気合いの掛け声とは裏腹に、やさしく手を離して、すぐにその場を離れた。


ステッキは傾き、カタンと音を立てて地面へと倒れた。可辰がステッキの先端を確認する。そこは自分がさっきまで居た地下音楽施設。


――可辰は気付いた。これは『加護チート』を付与するものではなく、単なる神頼みではと。どうしよう、やっぱり中等部区画に探しに行くべきか、それともステッキの言う通りに戻るべきかとオロオロして迷っていると、巨体が近づいてきた。


「あ、アスクさん……」


人間に味方をする人型プレデターである、アスクヒドラ。西洋甲冑のような人外の見た目は、可辰にとって威圧的で、また最初の出会いが衝撃的だったために、まだ可辰は抱いた苦手意識が抜けきっていなかった。


――だけど、“ENA♥”と刺繍されている法被はっぴに、頭に鉢巻をまいている姿から、彼もまた今日の歓迎会を楽しみにしているひとりなのだと、緊張で強ばった体が解される。


「あ、あの、つかぬ事をお聞きしたいのですが、兎歌ちゃんが居るところを知らないでしょうか?」


ここで出会ったのは、もしかしたら『加護チート』に関するものかと、可辰はアスクに兎歌の居場所を聞いた。


「その……できれば、歓迎会に一緒に出たくて……あ、いえその……きゅ、急な質問失礼しま――わえっ!?」


アスクは喋ることができない、よって仕方の無い話であるが発生した気まずい沈黙の空気に耐えきれなくなった可辰は、その場を後にしようとする。そんな彼女をアスクは持ち上げて、お互いの顔が面と向かうように抱える。


「えっと……?」


戸惑う可辰に対して、アスクは自身の顔の前に人差し指を立てた。それが静かにしてほしいというジャスチャーであると察した可辰も、両手で口元を隠すジャスチャーで応えた。


「――っ!?」


アスクは極力静かに、されど素早く移動を開始する。するとあっと言う間に高等部区画の外へと出て、商店街区画を通り過ぎ、可辰が何処へ向かっているのか気付くよりも前に、中等部区画内へと入った。


「ちゅ、中等部……こんなに早く……!」


アスクは己の巨体を隠せる景観目的に設置された緑地帯へと身を隠すと、可辰を下ろし、ある方向に指をさした。


「あ、あちらに兎歌ちゃんが?」


可辰が尋ねると、アスクは反対側の手で親指を立てた。そうして、ここで待っているという意味で人差し指を地面へと向けた。


「あ、ありがとうございます! ……そ、それでは行ってきます!」


時間はそう残されていない。可辰はアスクが指し示している場所を目指して、中等部校舎へと向かった。


+++


ヨーロッパ系の豪邸を元にデザインされた高級ホテルのような中等部寮内に入った可辰は、兎歌を探し始める。


加護チート』を得るためにスピリチュアル系の知識を蓄えることに余念が無い可辰は、重要な知識として方角や中等部寮の構造などを記憶しており、頭の中で建物内部を立体状に浮かび上がらせて、アスクが指で示した場所から直線上にある空間を、手当たり次第見て歩く。


「あ、兎歌ちゃん……!」


もしかして、もう居ないのではと不安になったとき、廊下の先で黒色の上着の白髪ペガサスを見つけた。後ろ姿であるが兎歌で間違い無かった。


可辰は名前を呼んだが、自覚できるほどの小さい声だったために届かず、どう声を掛ければいいか悩む。出会いが対面だったのならば、視線が合えばあとは成り行き任せにできたが、対人経験の薄い可辰にとって、後ろから呼び止めて話に持って行くというのは、かなり勇気が要る行為であった。


「きゃっ!?」


――突然、兎歌へと向かってポリバケツが飛んできて、勢いよく打つかった。


「え? と、兎歌ちゃん!?」


それだけではなく、床に手を突いた兎歌に、バケツの中に入っていた水がぶちまけられる。水浸しになった兎歌に可辰は慌てて寄り添う。なにが起きたんだとパニックになる脳に、はっきりと遠くから複数の笑い声が届いた。


――ひどい!! 可辰は初めて他者に対して怒りを抱いた。流石に放って置けないと追おうとしたが、兎歌に腕を掴まれて止まる。


「……仕方ないよ…………」


なにが仕方ないのか、風紀委員として疎まれているのを自覚しているからか、こういう事もあると覚悟しているからか、それとも初めてではないからか、可辰は言葉の続きを、どう尋ねるべきか分からなかった。


「あ……と……!」


可辰は、アルテミス女学園へと来る前は同年代はおろか、他人というものに触れた経験が無いに等しい。だから『加護チート』という自身の信仰を前に押し出すことで、なんとかコミュニケーションを取っている子であった。


だから可辰は、なにも聞けなかった。パニックを起こして水浸しの友達の体を拭くという発想にも至れなかった。今現在に到るまで、変わっていく友達になんて声を掛ければいいか分からず、ただ祈ることしかできなかった。


「……と、兎歌ちゃん、一緒に歓迎会に行きましょう!」


だけど、可辰は動ける子であった。頭が真っ白になる中で、本来の目的だけは、なんとか口にすることができた。それが今まで止まってしまった関係性を動かす、最初の切っ掛けとなる。


「愛奈先輩のアイドルライブ……い、一緒に見ましょう!」


可辰は制服が濡れるのもお構いなしに水浸しの床に座り、兎歌の俯く顔と高さを合わせる。


「……私、風紀委員の見回りあるから……ごめん」

「きょ、今日はお休みでいいと思います! えっと……その、そうすれば明日から、仕事の効率が上がる『加護チート』が付くので、むしろするべきです!」


兎歌を、このままにしておけない。その一心で可辰は食い下がることなく、考えるよりも先に口を動かす。


「みんな、兎歌ちゃんに参加して欲しいと願っていました。可辰も、来て欲しいです、ものすごく来て欲しいです!」

「……無理だよ、休むなんて……今まで、なにもしてこなかったのに」

「そんなことありません!」


拒絶する兎歌の言い訳に、可辰はハッキリと否定した。


「兎歌ちゃんは、可辰と友達になってくれました! 『勉強会』に誘ってくれました!」


『ペガサス』に成る前の可辰は体が弱かった。技術と物資の損失によって劣化した現代医学では治療できず。『ペガサス』よりも短命だと医者に言われるほどに。


だから、小さな部屋の布団の上とテレビが可辰の世界だった。ゆえに『ペガサス』になると決まってから、他人と接する機会が増えたが、誰ともまともに話すことができなかった。何度も母親を求めた。そんな可辰を救ってくれたのが、友達になろうと言ってくれた兎歌だった。


「可辰的には、兎歌ちゃんにめちゃくちゃ一杯してもらっています!! だから、何もしてないなんて、絶対にありえません!! ……だから、一緒に愛奈先輩のステージを見ましょう?」


兎歌は顔を上げて、悲痛な表情を可辰に見せる。しばらく悩んだあと、自分の思いを語り出した。


「……可辰ちゃん、私、行きたくないよ……」

「兎歌ちゃん……」

「あのね。私が見てきた愛奈先輩って、全部AIが描いた偽物だったらしいの」


――兎歌が語り出したのは、歓迎会に、正確には喜渡愛奈に会いたくない理由であった。


東京地区で発刊されている電子雑誌に載っているアルテミス女学園ペガサスは全て『ALIS』から流れてきた情報を元に、AIによって出力されたAIイラストだった。


聞いたときはショックこそ受けたが、高等部の“秘密”もあって、頭の片隅に追いやっていた。しかし、大規模侵攻が終わり、風紀委員として活動するようになって、自身が好きになった愛奈が偽物であったという情報は、徐々に兎歌の心に浸透していった。


「……そ、それは……でも、ここに居る愛奈先輩は本物です……!」

「分かってる、頭では分かってるの……でも、何も考えずに生きてきた私が出会ったのは、偽物の愛奈先輩だった……」


――兎歌は、上流には届かないが、生活に困らないほど裕福な中流家庭の三姉妹の次女として生まれた。姉妹同士の仲はとても良好で、両親も優しく、友達にも学校にも恵まれた。


その中で兎歌は、父に料理を教わり、母に家事を教わった。必要に迫られたわけではなく、ただ興味があったからと趣味で始めた。それらは兎歌が望んだ事でもあるが、逆にやってみるかと言われて断わる理由が無かったというのも大きい。


確かに料理は好きだ。自分が作ったものを誰かに食べて貰うと嬉しくなる。家事は好きだ、掃除をして綺麗にすると心が満たされる。でも人生を捧げるほどの物かと言われると、はっきりと頷くことができなかった。こんな時代とはいえど、小学生が考えるものではないのかもしれないが、兎歌は生き甲斐というものを上手く作れなかった。


――自分で考える必要もなく、受動的に与えられる幸せの中に生きてきたゆえに、何物にも染まらなかった真白い子、それが上代兎歌であった。


「雑誌で見た愛奈先輩と出会って、わたしは、そこから始まったんだと思う。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、自分は、この世界に生きてるんだって思えたの」


そんな日々の中で、上代兎歌は推しを見つけて、己を確立した。はっきりと自分が生きやりたいと思える事を見つけられた。


「だから……私、愛奈先輩のこと好きじゃなくなっていたら、どうしよう! そうだったらわたし、もう頑張れないよ!!」


――兎歌はここ最近、毎日感じていた恐怖に瞳から涙が溢れる。


アルテミス女学園に来て、本来であれば体験しなかった地獄を味わった。だけど恨みはない、怒りもない、後悔もない。何処までも優しい兎歌は、自身に起きた辛いこと全てを自罰的に受け入れている。


だから、兎歌にとって愛奈は変わらず心の支えであった。自分自身を象った自我の象徴であった。寄り添える先輩であった。ゆえに自分が好きになった『喜渡愛奈』がAIによって生み出された偶像だと知ったいま、本人と直接会って、触れ合ったとき、どう思ってしまうのか堪らなく怖かった。


「怖いよ……わたしが、わたしじゃなくなったって知るようで……」


風紀委員として活動することは、トラウマによって突き動かされる中で自分で選んだ事だ。生徒会長や高等部ペガサス、そして『勉強会』のみんなのためならば、やりたいと思うが、精神的負担はどうしたって掛かる。そんな中で愛奈に対する好意が無くなってしまったのであれば、既に兎歌は取り返しの付かないラインを超えてしまったという事だろう、それを大人になったと呼ぶには、あまりにも酷な話だ。


「――だからこそ、可辰的には、その……愛奈先輩のステージを見るべきだと思います……!」


自分を象った大事なものが、大切じゃないと感じてしまうことに脅えて涙を流す友達に、可辰は震える声で言う。


「可辰ちゃん……?」

「それからどうなるかは……わかりませんけど! ……でも、何があっても可辰たちが一緒に居ますから、友達として……!」

「……でも、亜寅も、丑錬も……みんなわたしの所為で……!」

「そ、それも可辰が一緒に考えます……! 上手く行くように沢山の『加護チート』も与えます! だから、きっと、多分……間違い無く上手く行きます!」


可辰は難しいことが分からない。いま抱えている問題の解決策なんて見当も付かない。だけど根拠のない未来に訪れる吉兆を信じて、兎歌の傍に居ることはできる。


――『加護チート』を信仰する子、だから可辰にとって友達を信じることなんて容易いことであった。


「だから……ひとりで悩まないでください!」

「可辰ちゃん……!」


何もできなかった辛さも、ひとりの時間の辛さも知っている可辰の言葉には確かな力があって、確かに兎歌へと届いた。


「――あーーその、お邪魔か?」


涙を流す兎歌と可辰たちは、酷く気まずそうに声を掛けられる。


「貴女は……猫都グループに居た先輩……ですよね」

「あーうん、そっちの子は久しぶり、……あ、上代、これタオル」

「あ、ありがとうございます」


声を掛けてきたのは、見覚えがある中等部二年の先輩ペガサスであった。敬語こそ使っていないものの、なんだか後輩である兎歌と可辰に対して、どこか自信なさげで低姿勢な態度を取る彼女は、元猫都グループに所属しており、大規模侵攻のさいに、他の子を連れて『勉強会』に合流した『ペガサス』であった。


「あー、なんだ。災難だったな」

「いえ……」


大規模侵攻後は、自分をリーダーとするグループで活動しており、兎歌にとって、風紀委員に積極的に協力してくれる先輩であった。


「でも、どうしてここに?」

「一部始終を目撃した後輩たちが慌てて、報告してきたんだ……何回も、それで『勉強会』のみんなを探したんだけど見つからなくて、だから遅れたというか……すまん」


兎歌と可辰が居る廊下は、『ペガサス』が集まるような場所ではないが、移動の合間に目に見える場所であった。そこで通りかかった元猫都グループの子たちが、何かあったのだと、先輩へと報告しに走ったのだ。


――それも何回も、まだ直接干渉する勇気は持てなかったが、兎歌の助けになれるかもしれない『ペガサス』を探して、呼んだのだ。おかげで時間は掛かってしまい、色々と間に合わなかったようだと、先輩は頭を下げた。


「みんなが……」


――自分のために動いてくれる『ペガサス』が居る。それをはっきりと実感した兎歌は、胸から何かが込み上げて来そうだった。


「うん、だから、あー、気を悪くしないでくれると助かる……というか、『勉強会』はマジでどこいったんだ?」

「あ、その……今日は高等部で歓迎会が……ではなく用事があって、そちらの方に」

「そうだったのか……分かった、後でみんなに伝えておくよ……ん? これ私が聞いて良いやつだったのか? ……考えないようにしよ」


可辰が正直に言いかけたとあって、なんか割と、とんでもない情報を聞いてしまった気がするが、事なかれ主義、長い物に巻かれたいを心情とする先輩は、忘れる事とする。


「あー、それで、誰にやられたんだ? あいつらは……違うか、少し前に外に出たっぽいしな」

「……あいつらって?」

「ほら、元猫都グループの『ペガサス』にちょっかい掛けている二人組の『ペガサス』だよ」


それを聞いて、兎歌は直ぐに誰のことか思い当たった。なにせ彼女たちとは風紀委員の業務の中で、加害者として何度も会っていた。


「でも、外にって、どうしてですか? もう暗くなりますよ?」

「さあな、なんか独立種がどうとか言っていたけど、現われたなんて話は聞いてないしな……変なことはしていないと願いたいけど……どうだろう」

「独立種……ですか?」


――独立種、その単語を聞いた兎歌は嫌な予感がした。単純に『街林』に行く中で口にするには、あまりにも不穏な単語であるし、どうしてだか何事も起きないとは到底思えなかった。


そう考えてしまった以上、兎歌は“なにもしない”という選択肢はとれなかった。


「……可辰ちゃん。ごめん、やっぱり歓迎会行けない」

「兎歌ちゃん……! もしかして、探しに行くんですか?」

「うん、どうしても嫌な予感がするから!」


立ち上がった兎歌は放りっぱなしだったボウガン型専用ALIS【ブルーベリー】を手に持ち、覚悟を決めた目で、可辰を見つめる。


「でしたら、先輩に相談するべきです!」

「ううん。それこそ、せっかくの歓迎会が中止になっちゃう……それに、これは風紀委員として、やるべきことだと思うから」


――それにと、口にはしなかったが自分のやってきた事が理由で、愛奈先輩のステージが中止になる事だけは、どうしても嫌だった。


「行ってくるね! 可辰ちゃんは高等部に戻って……大丈夫だから!」

「あ、兎歌ちゃん!!」

「あ、おい……あー、行っちゃった 良いのかな? いや良くないか……って、あれ、そっちも!?」


可辰は衝動的に追おうとしたが、自分は『ALIS』も持っていない状況である事に気づき、考えるよりも先に、兎歌とは別の方向へと走り出した。


「――アスクさん! その……歓迎会に出れなくなるかもですけど……! お、お願いします――兎歌ちゃんを追ってください!!」


約束通り、自分を待っていてくれたアスクに、可辰は頭を下げた。


――可辰のお願いからは事情を汲み取れるものはなかったが、何かあったのだとアスクは躊躇うことなく、親指を立てた。


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