白川町商店街の魔女

高瀬 八鳳

第1話 白川町商店街

 看板の文字を何度も読みなおす。


「ハンドトリートメント15分 2000円 他 リラクゼーションメニュー各種。魔女いてます」


 街中でよく見るタイプの木枠のブラックボードに、白いインクでそう綴られている。


 ――え? 魔女いてますって……。どういう店?

 

 衝撃と謎のあまり、思わず足を止め、店の入口を眺めた。

 間口2m程のガラス張りの入口から見える4畳程の店内は、そう広くはなさそうだ。幸い、無人だったので近づいてゆっくりと店内を覗いた。木の丸いテーブルと椅子が2脚、左サイドと奥に木製の棚が並んでいる。あとは観葉植物が置いてあるだけの、シンプルな空間。

 店の名前を探すが、どこにも見当たらない。


 ――魔女いてます、魔女いてます……。え、でも今は魔女いてないやん? いや、問題はそこじゃなくて……。この昔ながらの昭和レトロな商店街になぜ魔女がいるの?


 ついさっきまで感じていた悲しみや悩みが一瞬で吹き飛び、頭の中は「魔女」というワードでいっぱいになってしまった。


 さすがに、ずっとウジウジこもってばかりもまずいと思い立ち、近所を散歩しようと家をでた。梅雨だというのに、今日は爽やかな青空が広がっている。 


 大学時代から京都に住み、丸8年。同じアパートから大学と職場に通っていたが、徒歩5分程の近場に商店街があるなんて、全く気付いていなかった。


 ゆっくりと目的もなく三条通りを歩く。その商店街の入口をみつけたのは、本当に偶然だった。何気なく空を見上げて、ふと大きな紙の提灯が視界に入ったのだ。1メートル以上ありそうな、白い和紙でできた提灯には


白川町商店街しらかわちょうしょうてんがい


 と、印されていた。


 よくよく見ると、その奥には細長いアーケードが続いている。天井にはパステル色の真ん丸な紙ランタンが、2個、3個ずつ連なって、ゆらゆらと風になびいてた。


 ――ここって商店街なんだ。ずーっと前を通っていたのに、全然知らなかった。入口が狭すぎて目立たないからかな? でも、ちょっと異世界っぽくて面白い。ベビーピンクとか、淡いプルーのランタンって、可愛いかも。


 そう思いながら、通りからアーケードへと入り、足をすすめる。入り口付近には八百屋や鶏肉店が並び、飲食店らしいお店の後には、一般の住宅もちらほら続く。

 レトロで色あせたレンガが組み合わさった通路、「なんでも揃う皆さまの白川町商店街」と書かれた昔風な看板、以前は店舗として利用されていたと見受けられる埃を被ったシャッターもあちこちにみえる。

 商店街のなかを歩く人は、数えるほどだ。


 初めての場所だというのに、なぜか懐かしさと同時に、切ないようなもの悲しさを覚えた。


 ――なんか、ここだけ昔のまま時間が止まっているみたい。以前はここもたくさんのお客さんが来ていたんだろうな。


 そんな風に感じた矢先にみつけたのが、件の魔女の店であった。


「あ、ごめんねー。 お客様かなあ? お待たせしました」

 しばらく入口の前で店の中をのぞいていたところ、後ろから急に声をかけられたので驚いた。


 慌てて振り向くと、女性が笑顔で立っている。


「あ、えっと、はい……」

「ちょっとお昼買いに行ってたん。すぐそこの珈琲屋さん、行かはったことある? けっこう美味しいし、おすすめ」


 ドアのカギを開けながら、女性は楽しそうに話し続ける。

 どうしようか。迷いながらも、私は魔女への好奇心に負け、になることにした。


「どおぞ。こっちの椅子におかけくださいね」


 女性は荷物を置きながら、入口側の席をすすめた。


「外から、あんまり見えんほうがええよね?」


 そういって、ショーウインドの部分のブラインドを下した。ガラスのドアからは外が見える。完全に密室になるのも不安なので、ちょうどいい目隠し度合いだと感心した。


 店内は、ほんのりとアジアンなお香の残り香がする。リラックス用の癒しの音楽はさほど邪魔をせず、耳に心地よい。すすめられた木の椅子に腰かけ、向かいに座る女性を観察した。

 クルクルとウェーブがかった長く豊かな黒髪は、無造作に束ねられている。骨太な印象の体形に、ざっくりとした麻のチュニックと黒のデニム、足元は素足に草履という、およそ接客業とは思えないラフな装い。眉を描いてベージュ系のリップを塗っただけの化粧っ気のない顔。しかし、夏前だというのに既に小麦色にやけた艶のある肌と、作り笑いでない子供のような笑顔に、緊張が一気にほどける。


――なんか、悪い人じゃなさそう。40歳位かなあ? 


「ほな、トリートメントしましょか? もしくは、タロットカードかええのかしら?」


 いきなりそう問われ、慌てて聞き返した。


「あの、なにかメニュー的なものってありますか?」

「メニュー。 メニューね。 そら、はじめてやったら、メニューほしいよね。ごめんごめん」

 と、女性は全くごめんと思ってなさそうな満面の笑みで答えながら、メニュー表をテーブルの上に置いた。


 シンプルなワードで打っただけのメニューにはこう記載されている。

 

 ハンドトリートメント  15分 2000円

 タロットカード     15分 2000円 

 魔女の相談会      30分 3000円

 人格仮面づくりサポート 30分 3000円


※ ご注意 当店のサービスは医療・治療ではありません。

また、未来は自分でつくるものという事を理解できない方のお役には立てません。諸事情により、ご利用をお断りすることもあるのでご理解下さいませ。


――どこからつっこんだらいいんだろう……。


 そう思いながら恐る恐る質問した。


「あの、聞いてもいいですか?」

「もちろん、なんでも聞いてぇ」


 語尾が柔らかく伸びる独特の言葉遣いを聞くと、自分が京都にいるのだと改めて感じる。


 ――この人の声、本当にゆったりしててあったかい感じがする。接客の敬語じゃ全然ないんだけど、不思議と癒される。話し方はちょっとおばあさんみたいだけど。

 

 そんな風に思いながら、思い切ってこう切り出した。


「えーっと、あの、……あなたは魔女なんですか?」

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