第388話 北の攻防

 カッサンドルフの南側でナオミが戦い始める1時間前。

 カッサンドルフの北側では、ローランド軍本陣の15万と、ハルビニア軍5千の軍の激しい攻防が始まっていた。


 野営陣地の有刺鉄線は北と西に張られているが、南側は張られていない。それ故、南側から攻めれば、野営陣地を落とすのは簡単だった。

 だが、野営陣地を南から攻めようとすれば、カッサンドルフの城壁から雨の様にバリスタのボルトが降り注ぎ、兵力が不明の支城を通り抜ける必要がある。

 バイバルスは支城には奈落の魔女が居ると予想して、南から攻めるのは相手の罠だと判断。

 そこで、彼はローランド軍の先陣を大きく北へ回らせて、野営陣地を攻め始めた。




「撃て、撃て、撃て‼」


 ハルビニア軍の下士官が大声で叫ぶ。

 50台近いバリスタから次々とボルトがローランド軍へ放たれ、着弾したボルトが爆発してローランド兵を死体に変えた。


「怯むな、進め‼」


 ローランド軍の下士官が大声で叫ぶ。

 前線の兵士が死んでもローランド兵は後から次々と現れ、死体を盾に有刺鉄線にを乗り越えようとしていた。


「報告します。第一防衛ライン突破されました‼」


 ローランド軍が1つめの有刺鉄線を突破して、伝令兵がレインズに報告する。


「……今のところ予定通りだ、問題ない」


 その返答に伝令兵は安心したのか、緊張していた顔を緩ませて前線に戻った。

 だが、本当は予定よりもだいぶ早く、1つめの有刺鉄線を突破されていた。それでもレインズは部下たちを心配させないように、平然としたふりをしていた。




「クソ! 壊れた‼」


 1台のバリスタの弦が切れて、操作していた兵士が悪態を吐く。


「馬鹿野郎、テメエが乱暴に扱うからだ‼ 今すぐ交換部品を持ってこい‼」

「分かってるよ!」


 傍の兵士が大声で叱り、壊した兵士に交換部品を持って来るように命令する。

 兵士はすぐに交換部品を持ってきて弩弓の部分を交換した。


「よし行けるぞ!」


 修理が完了するなり、バリスタにボルトを装填する。


「待たせたな。詫びだ死ね!」


 兵士は遠く離れた場所のローランド兵に向かって冗談を言うと、ボルトを発射した。


 戦闘が始まって1時間。

 ハルが設計したバリスタは、完全故障率0%を持続してローランド軍の侵攻を食い止めていた。




 第一防衛ラインが突破されてから、さらに30分が経過して、ローランド軍は第二防衛ラインの有刺鉄線も突破に成功した。

 だが、その代償にローランド軍は5千近くの兵を失っていた。

 そして、最終ラインの有刺鉄線は、ローランド軍の魔法銃が辛うじて届く範囲に設置されているため、野営陣地にも被害が出始めていた。


「撃て! 交換部品はまだ沢山ある! 最終ラインは絶対に抜けさせるな‼」


 ローランド軍の魔法銃に撃たれたバリスタが延焼いて壊される中、ハルビニア軍の下士官が声を荒らげ鼓舞する。

 その鼓舞に兵士たちも応じて戦うが、ローランド軍の魔法銃に撃たれて多くの兵が焼死体と化していた。


 手の空いている兵も弓を持ち、ローランド兵を攻撃する。

 倒しても倒してもローランド軍は後から現れて、野営陣地は限界を迎えようとしていた。

 そんな最中、カッサンドルフの南の空に黒い魔法陣が現れた。

 黒い魔法陣に気付いた両軍が思わず手を止める。


「闇の世界……」


 ローランド兵の何人かが魔法陣を見て、体を震わせながら呟く。

 あの魔法に殺傷力はないが、永久的に目と耳を破壊する。それは兵士たちにとって、死ぬことよりも恐怖だった。


「今がチャンスだ! 奈落の魔女はここに居ない! 安心して進め‼」


 ローランド軍の将軍が大声で命令する。

 その命令を聞いたローランド軍の兵士たちが、ここに奈落の魔女が居ないと気付くや、一気に士気が上がった。

 そして、目の前の敵を倒さんと、有刺鉄線に立ち向かった。




「情報通り南だったか……」


 ローランド軍本陣で、バイバルスが南の空の魔法陣を眺めて呟いた。

 南に奈落の魔女を配置したという事は、あの支城はこちらに南を攻めさせない為の空城の計なのだろう。


「予備兵の10万。南から攻め落とせ」


 奈落の魔女が居なければ、数で押し通せる。

 バイバルスはそう判断すると、背後に控えていた10万の兵を進ませた。




「……敵が動いたです」


 ナイキの監視衛星で敵を監視していたルディが呟いた。


「とうとう来るんですね」


 ルディと一緒に居たルイジアナが息を飲む。


「ししょーがド派手な魔法を使った時点で予想していたです。という事で、ルイちゃん、僕たちの出番です」

「はい‼」


 支城で待機していたルディとルイジアナが城壁に登る。

 すると、こちらに向かってくるローランド軍が見えて来た。


 ルイジアナとルディが頷いてから、目を瞑って詠唱を始めた。

 ルイジアナが魔法を構築し、ルディは彼女の不足しているマナを提供する。

 すると、進軍しているローランド軍の足元の地面から大きな魔法陣が現れて、軍の8割方を囲みこんだ。


「「霧の大地‼」」


 二人の合同魔法が完成する。

 魔法陣から大量の霧が現れて、ローランド兵を包み込んだ。


「なんだこれは!」

「前が見えない‼」


 霧の中に居るローランドの兵士が叫び、進軍が止まった。




 南から野営陣地を目指しているローランド軍の兵は、左右からバリスタの攻撃が来ない事に首を傾げていた。

 今なら狙い放題な筈、なのに1本もボルトが飛んでこない。

 不思議に思っていると、突然霧に包まれて何も見えなくなった。


「一体何なんだ?」


 一人の兵士が呟きながら、前の兵士の後を歩く。

 ところが、地面に足を滑らせてずるっと転んだ。


「痛ててて!」


 兵士が尻を摩って起き上がろうとする。

 その時に手が濡れている事に気付いた。

 そして、その手を見れば、油らしき物が付いていた。


「……油?」


 兵士の顔が一気に青ざめる。

 だが、気付いた時には既に手遅れだった。


 霧の発生を待ちわびていたカッサンドルフと野営陣営から、一斉にボルトが放たれた。

 ボルトが地面に刺さると同時にグレネードが爆発して、火が油に燃え移る。

 ローランド軍の兵士を大きな炎が包みこみ、霧の中で阿鼻叫喚の声が響き渡る。

 暫くすると、大地が響き渡る程の大爆発が発生した。

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