第381話 債券問題
レインズに呼ばれてルディとナオミが執務室に行くと、レインズとルイジアナが2人を待っていた。
「ルイちゃん久しぶりです」
「ルー君はいつも元気ですね」
久しぶりに会ったルイジアナにルディが挨拶すると、彼女がにっこりと微笑んだ。
ここ暫く姿を見せていなかったルイジアナは、突然行政官に任命されたレインズの補佐をしており、毎日レインズに送られてくる書類のチェックをしていた。
「忙しいところすまない。緊急の案件が入ってきたから、ルディ君と奈落殿に相談したいんだ」
「緊急の案件ですか?」
ルディが首を傾げると、レインズが手にしていた手紙をテーブルに広げた。
「まずは、この手紙を読んでくれ」
ルディとナオミが手紙を読むと、クリス国王からカッサンドルフの地方債をさらに発行して、こちらが指定した貴族に売れと書いてあった。
「すでにお金たんまりあるから、債券は完売よ?」
「うむ。俺も陛下にこれ以上の好景気は危険だと伝えている。それでも、陛下は売れと言ってきた。しかも、指定した貴族は全部ハルビニア南部、バシュー公爵配下の貴族だ」
「実際にその貴族から、債券の購入の申し入れはあるのか?」
ナオミが質問すると、手紙の仕分け作業を担当しているルイジアナが頷いた。
「全員ではないですがけっこう来てます。南部だけでなく、ハルビニアの貴族の大半から、地方債の申し入れが届いています」
「こいつら、今の好景気がカッサンドルフが原因という理由だけで、地方債が何か分からねーで購入しようとしてるですね」
「まあ、そうだろうな」
「低金利の地方債を持っても、担保ぐらいにしかならねーです。そんな金があるなら、自分の領地の発展に金を使いやがれですよ」
呆れるルディにレインズが肩を竦めた。
「クリス国王もそれが分かっていて、南部の貴族に地方債を売ろうとしている。つまり、今貴族が地方債を買えば、自分の領地と地方債を担保に借金をして、カッサンドルフへ商品を売ると考えているんだろうな」
「その商品はどうやって手に入れるんだ?」
ナオミの話を聞いてレインズが疑問を口にした。
「おそらく北の貴族からだ。今ならどれだけ値が上がっていても、カッサンドルフで売れば利ザヤで稼げる。こちらは買い付けに行けない分、同じ値段なら北の貴族は運賃を考えて南の貴族に物を売るだろう」
そうナオミが説明すると、全員がクリス国王の考えを理解した。
「だけどバブルが弾ければ、物が売れなくなるです。陛下はそれが狙いですね」
ルディの確認にナオミが頷いた。
「そうだ。クリス国王はこの好景気を利用して、北部の貴族をそこそこ儲けさせて、南部の貴族に借金を背負わせようとしている。クリス国王は思っていたよりもしたたかだな。まさかこの好景気を利用して政争を仕掛けるとは思わなかったぞ」
ナオミはそう言うと、片方の口角を尖らせて笑みを浮かべた。
「それでレインズさんはどーしたいですか?」
「田舎貴族の庶子で次男坊だった俺を取り立ててくれた、陛下に報いたいと思っている」
ルディの質問にレインズが答える。
「呆れるぐらい忠誠心が高けーです。陛下の最大の功績はレインズさんを取り立てた事ですね」
その冗談にレインズが赤面し、ナオミとルイジアナが笑った。
「ソフトランディング考えていたけど、陛下のせいですべておじゃんですよ。まさか、政敵にハードランディングを擦り付けるとは思わなかったです」
資本主義国なら、バブルが弾けて景気が下がれば国の責任になるが、封建主義の国では、借金の責任はその領地を治めている貴族の責任になる。
クリス国王はそれを狙って、戦争反対派を潰そうと計画していた。
「分かったです。とりあえず、地方債はこれ以上発行したくねーですから、デッドフォレストで買った債券を買い戻して、それを割り当てるです」
「そんな事もできるのか?」
「両方の合意があれば問題ねーです」
「両方と言っても、同じ人間だけどな」
ルディの話にナオミがツッコミを入れた。
「北の貴族への対応はどうする? 南だけに債券を売ったら苦情が来るぞ」
「クリス国王からの命令とも言えないしな」
レインズの質問の後に、ナオミが話を付け加える。
ルディは少し考えて、1つのアイデアを出した。
「北の領主には、デッドフォレスト領の地方債を売るです」
「そうきたか!」
ルディのアイデアにナオミが笑い、レインズとルイジアナは、その発想に驚き目を見開いた。
「デッドフォレスト領の債券だったら、陛下が金貸さねーから。買っても無茶できねーです。レインズさん、これでどーですか?」
「……相手が買うかどうか分からんが、その案なら陛下も許可するだろう」
ルディの提案にレインズが許可を出す。
その後、レインズが今回の話をクリス国王に手紙で知らせると、手紙を読んだクリス国王は腹を抱えて笑った。
ハルビニア国の景気が上がって驚いているのは、クリス国王だけでなく、財務大臣のバシュー公爵も同様だった。
「地方債か……」
カッサンドルフの好景気を調べていたバシュー公爵が、まとめた情報を整理して呟いた。
貴族ではなく領地が借金をする。貴族が土地を支配する封建社会では、どっちが借金をしても返済は貴族になるため、それほど変わらない。
だが、カッサンドルフなら話は別だった。
今のカッサンドルフは国の直轄領なので、地方行政官が借金を申し入れても誰も金を貸さない。
しかし、街を担保にして借金をするなら税金で返済ができる。そして、その借金で街を発展させて税収を上げて借金を返済する。その利益は全て国王の物になった。
バシュー公爵は行政官になったレインズのやり方を知り、デッドフォレスト領が成長し続けている理由を理解した。
「賢いやり方だ……」
カッサンドルフを手に入れたは良いが、奪回しにくるローランド国からどうやって守るのか?
バシュー公爵はそれが謎だったが、まさか景気を上げることで、ハルビニア本国から防衛費を手に入れるとは想像すらできなかった。
地方債の金利は安い。だが、変動する貴金属や作物と比べて価値が固定している。債券を担保にすれば、貸付側も信用して金を貸す。
「……美味い話だが、何か落とし穴があるな」
バシュー公爵は経済に詳しいが故に、好景気の異常さに疑問を感じていた。
だが、カッサンドルフに軍事支援をしない事で、他の貴族から批判が出始めている。
彼は悩んだ末、カッサンドルフの地方債を購入する事を決めた。
だが、彼は自分の持つ信用というのを、理解していなかった。
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