第379話 ぶっ壊れるまで性能テスト

 バリスタを組み立てた兵士が深い息を吐いて、腕で額の汗を拭った。


「完成しました」

「ふむ……1時間か。まあ最初だからそんなものだろう」


 木工ギルド長が砂時計を見て呟くと、後の2人のギルド長と一緒に完成したバリスタのチェックを始めた。


「うーぬ……設計書を見た時から凄いと思ったが、実物をこうして完成した物を見てみると、改めて凄さが分かるな」

「簡単に取り外しが可能なのに、強度は同じかそれ以上。必要な部分にだけ鉄器具で補強してあるから、見た目よりも丈夫なのは間違いない」

「消耗の激しい弩の部分は簡単に取り換え可能になっている。行政補佐官。それも想定してでの設計なのか?」


 革工ギルド長の質問に、肩書が行政補佐官のルディが頷いた。


「交戦中にでも直せるように、パーツとっかえで修理可能にしやがったのです」


 その返答に、3人のギルド長だけでなく、組み立てた兵士も感心していた。




「……問題ないな」


 バリスタを確認した木工ギルド長が合格を出すと、組み立てた兵士たちが安堵の表情を浮かべた。


「では試作品のテストをするです」

「テストと言ってもどこでやるんだ?」


 ナオミの質問に、ルディが目をしばたたいた。


「もちろん、ここだと狭いから街の外に運ぶですよ」

「だったらここで組み立てずに、バラしたまま運ぶ方が楽だったろ。何で外で組み立てなかったんだ?」


 ナオミの指摘にこの場に居た全員、完成させる事に夢中で場所の移動を考えておらず、何も言い返せなくて口を噤んだ。


「……完成させること優先にしただけです」

「言い訳はいいよ。ほら、今日中にテストをするんだろ。早く運びな」


 ルディの言い訳にナオミが肩を竦める。


「そーだったです。兵士の皆さんヨロシコです」

「イエス、サー!」


 こうして完成した試作品のバリスタは台車に積まれて、野戦陣地に運ばれた。




 今の野営陣営には労働者が暮らすアパートが建てられており、丘の周囲には幾つもの有刺鉄線が張られていた。

 元は何もなかった丘は一つの集落へと変貌していた。


「壁を作らないと言ってたから謎だったが、面白いのを作ったじゃないか」


 初めて野営陣地に来て周囲を見回すナオミに、ルディが笑みを浮かべた。


「敵を近づかせねえだけなら、壁など不要です」

「なるほどね。ここは戦争が終わったら、町としても使えそうだな」

「実は川から汲まねーと水が確保できねーです。それに、キチンと管理しねーとスラムになりそうだから、止めた方が無難ですよ」

「そうか……もったいないけど、ルディがそう言うならそうなんだろうな」


 2人が会話をしている間にバリスタの設置が完了して、ようやくテストの準備が整った。




「それじゃテストを開始するです。テストは2種類、性能テストと負荷テストです」


 ルディはそう言うと、テストチェックリストを全員に渡した。

 性能テストの項目には、射程が400m以上、一時間で射撃回数が20回以上等々、バリスタに求めている機能のチェックが載っていた。

 そして、負荷テストの項目には、壊れるまでの射撃回数。衝撃テスト等々、バリスタの耐久度のチェックが載っていた。


「壊れるまでテストするのか?」


 ナオミの質問に、ルディが当然とばかりに頷いた。


「あったりめーです。いざという時に壊れたら、シャレにならねーです。事前にどれぐらい使えるか分かっていれば、メンテナンスのスケジュールも組みやすいです」


 ルディが説明すると、鉄工ギルド長が頷いた。


「今までは一点物しか作らなかったから、負荷テストなんてしなかった。だけど、今回は別だ。これから同じ物を量産するんだから、最初にぶっ壊れるまで確認する必要がある。量産した後でやり直しと言われても、不可能だからな」

「なるほどねぇ……」


 話を聞いてナオミも納得した。


「という事で兵士さん、テストのチェックは間違えずにヨロシコです」

「分かりました。まずは射程の測定から始めます」


 兵士の一人がバリスタのレバーを引くと、てこの原理でバリスタの弦が張られる。そこへ別の兵士が長さが1mある矢を設置した。

 そして、有刺鉄線先を狙って放とうとするが、その前にナオミが待ったをかけた。


「少し待て。チェックリストに命中精度がある。的があった方が良いだろう」

「400m先ですよ? 魔法、届くですか?」


 ルディの質問をナオミが鼻で笑い返した。


「私を誰だと思っている」

「規格外製品です」

「人に向かって規格外というな。それと人を物扱いするな。仮にもお前の師匠だぞ」

「ごめんです」


 ナオミはルディの冗談にツッコミを入れてから、魔法を詠唱して400m先に土人形を地面から生み出した。


「さすがししょーですね。僕、まだそこまで魔法飛ばせねーですよ」

「安心しろ。マナの消費が激しいから、他の魔法使いもここまで魔法は飛ばせない」


 3人のギルド長は、ナオミの正体を知らなかった。

 今のやり取りでナオミが相当な実力のある魔法使いだと知ったが、ルディが「ししょー」と呼んでいたため、彼女が奈落の魔女だとは気付かずにいた。


「では、発射します」


 テストを再開して、兵士は的に狙いを定めると、バリスタのトリガーを引いて矢を放つ。

 バリスタから放たれた矢は人形に当たらず、足元の土に深く突き刺さった。


「んー有効射程ギリギリだったら、許容範囲ですかねぇ?」

「いや、もう少し命中率は上げられるかもしれんぞ」

「それで製造スピード落ちて目標数達成できねーなら、全裸ブートキャンプですよ?」

「全裸? パンツ1枚じゃねーのか?」

「パンツ一枚でもフルチンでも、どっちにしろ一生の恥だから変わらねーです」

「変わるわ‼」


 兵士がテストをしている後ろでは、ルディと3人のギルド長がバリスタの改良について激しく話し合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る