第318話 優しく制裁

「おーー。凄いですねーー!」


 僅か10分で9杯目のエールを飲んだ商人を、ルディが拍手をして褒める。


「でも奢ってもらっているのに、その辛そうな顔はねーです。ニッコリ笑って~~。ハイ、ドーン!」


 だが、ルディは商人の髪の毛を掴んで顔面をカウンターに叩きつけると、店主に視線を向けてお替わりを催促した。


 ここまでの間、ルディが商人の顔をカウンターに叩いた回数は10回。

 商人がエールを飲み終える度に、何かしらの言いがかりをつけては、髪の毛を掴み、カウンターに顔面を叩きつけていた。


 その様子を間近で見ていた店主の額から汗が落ちる。

 傭兵団の止まり木でもある白鷺亭では、傭兵同士の喧嘩など日常茶飯事。だから、店長も喧嘩は見慣れていた。

 だが、今目の前で起こっているのは喧嘩じゃない。ただの制裁だ。

 優しく話し掛けているが、やっているのは暴力とアルコール漬けの拷問。店長はこんなに辛く酒を飲む人間を見るのは初めてだった。

 その考えは他の客も同じ。一般人から見て、ルディの行動は異常に映っていた。


「も、もう許じで……」


 涙と鼻血で顔を汚した商人がルディに謝る。

 商人はカウンターに座らされてから、数え切れぬほど謝っているが、ルディここまで全て無視していた。


「……んーそうですねーー。ししょー。どーするですか?」


 ルディは商人を挟んで、カウンターに座っているナオミに話し掛ける。

 彼女は他の客と違って、ルディの行動を面白そうに眺めていた。


「そうだな。イケルたちを、お前が考えたコネの所に紹介するんだろ? そろそろ着替えが終わるだろうし、この辺で許してやれよ。プククッ」


 笑いを堪えきれずに、ナオミが口元を押さえる。

 その様子に、ナオミを奈落の魔女だと知らない他の客は「この女も相当やべえ……」と冷や汗を流した。


「良かったですね。ししょーの許しが出たです。最後に1杯飲んで、ししょーに向かって「ありがとうございます」と、笑顔で謝ったら解放してやるです」


 まだ飲むのか? 商人はアルコールで酔ったふらふらの頭で思ったが、解放されるならばと最後の気力を振り絞って、エールを一気に飲み干す。そして、ナオミに向かって涙を流しながら笑い頭を下げた。


「ありがとうございます」

「運が悪かったな」

「…………」


 ナオミの言葉に、商人は顔に出さなかったがそう思った。

 ルディから解放されて、商人が逃げる様に店を出ようとするが、酔っ払った体は真面に歩けず、千鳥足で店の外に出た。

 その後すぐに、外から嘔吐の声が店内に聞こえていた。


「後はこいつ等ですね。本当に迷惑を掛ける連中です」


 商人を見送った後、ルディは高熱を出して床に倒れている傭兵を1人ずつ店の外に運んで投げ捨てた。

 そして、最後の1人を店の外に出すと、彼らに向かって話し掛けた。


「これに懲りたら、ホワイトヘッド傭兵団に喧嘩を売るマネはするなです」


 もし、この場にスタンが居たら、ルディを二度見してから、慌てて訂正していただろう。だが、残念なことに、彼は今デッドフォレスト領に居る。

 ルディは自分がやった事を全てスタンのせいにすると、店の中に戻った。




 ルディが店に戻るのと同じタイミングで、ソラリスに連れられたイケルとトニアが2階から降りて来た。

 着替えたイケルとトニアは、上下共に黒い服を着ていた。

 イケルは寸法を直したルディのズボンを、トニアも同じく寸法を治したナオミのスリットの入ったスカートを履いていた。

 トニアはスリットの入ったスカートなど見た事なく、少し恥ずかし気な様子だった。


「さっきの人たちは?」

「もう帰ったですよ」


 イケルの質問にルディが答えると、イケルとトニアが安堵した。


「何か下の方から、大きな音が何度も聞こえていましたが?」

「それはさっきの商人が謝った時に、頭をカウンターにぶつけた音です」


 ソラリスの質問に、ルディが少し考えてからソフトな感じで答える。

 すると、それを聞いていた店長以下他の客の全員が「お前がやったんじゃーい」と、心の中でツッコミを入れていた。


「無駄な時間を割いたです。とっとと、お前たちを預けに行くですよ」

「なあ、さっきからそう言っているけど、一体誰に預けるんだ?」


 ナオミの質問に、ルディはまだ分からないのか? と、キョトンとした顔で行き先を告げた。


「レス・マルヤー楽団です」




 ルディが前回、王都に来た時。ルディとソラリスは、ルディーの持っていたギターが縁で、場末の踊り子アブリルとカルロスの兄妹にフラメンコを教えた。

 その後、アブリルとカルロスが所属しているレス・マルヤー楽団は、ルディが楽器を提供するという魅力に惹かれて、レインズとパトロン契約を結んだ。

 と言う事で、レス・マルヤー楽団は、戴冠式で稼ぎ時の商売を終えた後、デッドフォレスト領へと向かう予定だった。


 最初、ルディはイケルに金貨を2枚渡して、1人だけでデッドフォレスト領まで行かせるつもりだった。

 道中で死んだら、それまで。イケルを諦めてデッドフォレスト領から、誰か良さそうな人材を見つけて、ムフロン飼いにしようと考えていた。


 だが、イケルに妹のトニアが居る事が判明して、しかも病気だと言う。

 ルディは金貨を見せびらかした手前、途中で見捨てる事が出来ずに、場の空気を読んでトニアをポーションで治療した。

 問題はデッドフォレスト領まで、2人をどうやって連れて行くか?

 イケル1人だけだったら、死のうが逃げようが構わなかった。しかし、まだ幼過ぎるトニアに、冬の旅はどう考えても無理だろう。


 そこで、ルディはレス・マルヤー楽団の事を思い出した。

 今回は恩赦として2人の兄妹に辛い旅をさせず、レス・マルヤー楽団に預けて、連れていって貰おうと考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る