第82話 悠々自適な監禁生活

 カールたちがナオミの家を去ってから、数日が過ぎた。


 ナオミは相変わらず自室に籠って、スマートフォン片手にお勉強。

 今は力学に興味があるらしく、昨日の夕食時に彼女からダークマターについて質問された時、「この人は一体何処へ向かっているのだろう」とルディは思った。

 なお、ルディもダークマター関連は、ニュートリノかアキシオンぐらいしか知らず、彼女の質問に全て答える事が出来なかった。

 それでもナオミは満足して礼を言っていた。


 ナオミが勉強に励む一方、ルディはゴブリン一郎と協力して、マナの研究を進めていた。

 そのゴブリン一郎は、コールドスリープから目覚めると、マナのワクチンで死んだ時の記憶を失くしていた。

 そして、数日は普通に過ごしていたのだが、次第に体内のマナが消失しており、1週間で全てのマナを失った。

 ナオミの話によると、ゴブリンは体内のマナを消費して、体力と力の強化するらしい。

 なので、ゴブリン一郎はルディよりも小柄な体格なのに、力と体力は人間の大人と同等だった。だが、マナを失って体力と力が小学生の子供なみに減少する。

 それに気づいたゴブリン一郎は、しばらくの間ショックでシクシク泣いていた。




「一郎、実験の時間です」

「ギギャー(またかいな)」


 今日も今日とて、開発途中のマナ回復薬を持ってきたルディが声を掛ける。それをゴブリン一郎が慣れた様子で彼を迎えた。


「美味しい肉、食わせてやるから、コイツをとっとと飲みやがれです」

「ギギャギャーギャ(コレ味しねえんだよな)」


 ルディがカプセル錠剤と水の入ったコップを渡すと、ゴブリン一郎がマナ回復薬の入ったカプセルを水と一緒に飲み込んだ。


「……飲んだ直後は異常なしですね。身体能力のチェックしに行くです」


 ルディはゴブリン一郎を観察した後、彼を外に連れ出して一緒にジョギングを始める。次に地下のトレーニングルームへ行き、一通り運動させて能力を確認した。

 これは、ゴブリンがマナを身体能力上昇に使っているとナオミから聞いた、ルディの確認方法だった。


「能力値に変化なし、前の強さは戻ってねぇです。今回も失敗、がっくりです」

「ギィ。ギャギャギャ(ふう。良い運動だったぜ)」


 落ち込むルディとは逆に、ゴブリン一郎は汗を拭い、爽やかな笑顔(ゴブリン比)を浮かべていた。


「それじゃ、風呂入ってこいです。その間にお前の飯作ってくるです」

「ギャギャ、ギー(いつものアレか、行ってくるぜ)」


 言葉は通じない。だが、ここ数日は同じサイクルだったので、ゴブリン一郎もやる事は分かっている。彼は素直に風呂に入ると体を綺麗にした。


「ギャギギャ(良い風呂だったぜ)」


 ゴブリン一郎がパンツ一枚の格好で風呂から出てくる。

 ルディが作った牛丼改め、鹿丼とおしんこ、それとジョッキ大のビールが彼を待っていた。


「ギャ? ギャーギャー(お? 今日は鹿肉の煮込み飯だな)」


 これまた慣れた様子でゴブリン一郎は椅子に座ると、器用に箸を使って鹿丼をかっ喰らい、ビールをゴクリと飲んだ。


「ギャー、ギャギャ(カーッ、この一杯が最高だぜ)」


 気持ちよくビールを飲んで、鹿丼をかっ喰らうゴブリン一郎。

 野良のゴブリンとしていつ死ぬか分からぬ生活を送っていた彼は、今の生活に満足していた。




 鹿丼に入れていた睡眠薬とアルコールの合体技でゴブリン一郎が眠りに就く。ルディはゴブリン一郎を地下の寝室に運ぶと、寝ている間に採血をしてから研究室に入った。


『ハル、血液の解析を頼む』

『イエス、マスター』


 ドローンがルディの持ってきたゴブリン一郎の血液を受け取って、奥の部屋へと消える。ルディはコンソールを操作して、モニターにゴブリン一郎のマナの情報を表示させた。


「……やはり、変化はねーです」


 次々と表示されるデータを確認して、ルディがため息を吐いた。


「そもそもマナ殺すワクチン、強力過ぎるです」


 両手を頭の後ろで組んで、背もたれに身を預ける。


「なぁ、ハル。あのワクチンってどうやって作ったですか?」

『ワクチンの元は26年前に、別の惑星で流行したウィルス性発熱病のワクチンです。その星で流行したウィルスと、この星のマナが類似していたので改造して作成しました』


 おそらく、その星のウィルスはマナと異なり、有害しかなかったから完全に死滅させるワクチンを作ったのだろう。

 そうでなければ、ハルのデータベースに情報があり、ルディにも報告されている筈だった。


「……そのワクチンを打った人間は、僕と同じように身体能力が上昇しやすくなったですか?」

『いいえ。そのようなデータは存在しておりません』


 ふと気になって質問した返答に、ルディが「おや?」と首を傾げた。


 もしかして、ワクチンの副作用って、マナが関係してるのか?

 ルディはそう思い付くと、背もたれからガバッと起き上がってコンソールを弄りだす。そして、もう一度ゴブリン一郎のデータを確認した。


「……薬打つ前と比較してたから分からなかったですが、数日前と比べて、少しづつ身体能力が上がっているです……こいつはひょっとこ、違う、ひょっとしてワクチン、マナ殺さずに吸収してるですよ……」

『……私の方でも確認しました。確かにマスターの仰る通りです』

「何故、俺の副作用が発覚した時に、気付かなかったです」

『前例がないため、マナとの関連はチェック除外対象でした』


 ハルの返答にルディが顔をしかめる。

 人間と違ってAIでは、予期せぬパターンを想定する限界があった。それ故、ルディもハルを深く責めなかった。


「分かった。とりあえず問題はワクチン側だと判明したです。至急、ワクチンのデータを確認するです」

『イエス、マスター』


 それから数日間、ルディとハルはワクチンのデータを調べて、改良型のワクチンを開発した。

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