第29話 ナオミの半生

 揚陸艇に戻った二人は、丸太の回収をドローンに任せてベースキャンプに戻った。


「毛先よパリパリ、シャワー浴びてくるです」


 ルディがガデナルトの血に染まった髪の毛を擦る。固まった血の粉がポロポロと床に落ちた。


「シャワー?」

「…ファ⁉」


 シャワーという単語に首を傾げたナオミに、ルディが軽い衝撃を受ける。


「……ししょー、質問いーい?」

「何だ?」


 ごくりとルディが唾を飲んで質問する。


「……体洗ってる?」

「あ、当たり前だろ! 春のこの時期は週に1回、体を拭いているぞ」


 ナオミが顔を赤らめて怒鳴り返した。


「……週1回が当たり前…それがカルチャーショックです」


 怒鳴られたけど、驚愕の事実にルディの顔が引き攣る。そして、無言でナオミの袖を引っ張っぱると浴室に連れて行った。


「洗濯場じゃないのか?」

「もうそういうボケいらんです」


 ルディはツッコミを入れると、シャワーの使い方について説明した。


「たかが体を清めるだけだぞ!」

「ししょー。このやり取り2回目よ。僕が浴びた後、試しに入ってみろです」


 驚くナオミにルディはため息を吐くと、彼女をシャワー室から追い出して体を洗った。

 ルディの後で初めてシャワーを使用したナオミが、ふらふらした様子でリビングに戻ってきた。


「ししょーどうでした?」

「お湯、気持ちよかった」


 ナオミが焦点の定まらない目でポツリと呟く。


「このやり取りも2回目です」


 ルディが呆れて呟くと、正気を取り戻したナオミが詰めよった。


「ルディ、何アレ、何アレ! ホースの先からお湯が流れるの。それにほら!」


 ナオミが自分の真っ赤な癖毛に手を入れて髪をすくうと、引っかかる事なく指が髪をとかした。


「使えと言ったシャンプーとトリートメントとか言うヤツ。それを使ったら髪がサラサラになった、凄い! それにボディーシャンプーも凄い、体の汚れが全部落ちた!!」


 興奮して語彙力が掛けてるけど自慢げに語るナオミの髪を、ルディがジーッと見つめる。


「ししょーまだ髪濡れ濡れだし、よく見れば枝毛いっぱいです」

「まあ……ね。しばらく切ってなかったからな」

「……ちなみに、今まで散弾……散弾? 違う、散髪どうしてたです?」

「時々気になったら、ナイフで切ってた」

「……ししょーが野生児で悲しいです。今すぐ、そこの椅子を持って外に出ろです」

「……野生児とは失礼な」


 ナオミはそう言いつつも素直に従い、外に出て椅子に座る。

 すると、ルディの命令でドローンが現れるや、ハサミと櫛で彼女の毛先をカットして、すきバサミで毛量を減らした。


「ししょーどうですか?」

「ああ、気持ちいいよ」


 ルディが外に出てきてナオミに尋ねる。

 ナオミはドローンにドライヤーで髪を乾かしてもらいながら、心地よさそうに目を閉じて答えた。


 ◆


 こんなに幸せだったのは、いつ以来だろうな……。

 ドローンに髪を乾かしてもらっている間、ナオミは自分の半生を回想していた。

 敵の兵士に襲われた時に顔の半分が焼けて、体にも一生残る傷を負った。

 死にかけて道端で倒れた自分を助けてくれたのは、近くの農民だった。それで、九死に一生を得た後、名前を偽って冒険者に成り下がった。


 それから、心の中の怒りに身を任せて、愛する両親とフィアンセの敵討ちを続けた。 多くの人間を殺し続けていたら、何時の間にか奈落の魔女と呼ばれて、賞金首になっていた。


 後はもう酷いとし言いようがなかった。

 休む暇なく何度も命を狙われ、狙ってきた者たちを逆に殺した。その都度、悪名が高まり自分の賞金が跳ね上がる。

 火傷した顔は他人から恐れられ、気が付いたらどこにも自分の居場所がなかった。


 心も体も疲れた私は、誰も居ない森へと身を隠した。

 森での生活は厳しかった。作った家は穴だらけで、冬になると寒風が入るから魔法で体温を調節した。

 周りは凶暴な魔物だらけだった。ある程度駆除した後、結界を張って近づかせないようにした。

 食料は冒険者だった時に助けた近くの村を頼って買っている。だけど、ここ最近では領主が代替わりして税金が上がり、余分な食料が無いらしい。そのせいで購入できる量が少なくなっていた。


 まだ自分の復讐は終わっていない。

 ローランド国。私の人生を奪ったあの国を亡ぼすまで、私の復讐は終わらない……。


「ししょー顔怖いですけど、黒歴史回想してたですか?」


 どうやら考えが顔に出ていたらしい。心配したルディが話し掛けてきた。


「その黒歴史というのは何だ?」

「恥ずかしい思い出です」

「私の人生に何も恥じる事などない」


 ナオミはそう言うと、ルディを見て微笑む。

 ルディと出会ってから私の人生が変わりつつある。

 宇宙人の彼は私の命を助けて、顔と体の傷を消した。魔法を教えると言えば師匠と呼び、不思議な道具で何故か私の生活水準を上げようとする。

 出会ってから一週間も経ってないが、急な展開に目が回りそう。だけど、悪くない。

 この生活がいつまで続くか分からないけど、ルディと一緒に居るのは楽しい。


 父の部下だった兵士がローランド国に潜伏して情報を集めた結果、あの国は悪政と重税で反乱の兆しが見えているらしい。

 もし、反乱が起こったら、その時こそ私は死んでも復讐を終わらせる。


 だけど、命の恩人のルディを私の復讐に付き合わせるつもりはない。

 私が死んだ後、ルディは自由に生きて欲しいと願う。

 彼の今後の人生で私が教える魔法が役立ってくれたのなら、それだけで私は幸せだ。

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