第5話 石清水ゴブリン

「宇宙船?」


 目覚めたルディは揚陸艇の小さな食堂で朝食を取りながら、ハルの報告を聞いて眉をひそめた。

 食べているのは栄養バランスの取れる、レーズン入りヨーグルト味のスティックバー。ルディのお気に入り。


『イエス、マスター。データを送ります』


 ハルが壁に付けられたモニター画面に、ドローンの送った宇宙船の画像を映す。

 宇宙船は周りの木々と比較して、全長は700m以上。金属の外郭には所々穴が開いている。シダに全体を覆われており、遥か昔に廃棄された物らしい。


「形状が古いけど、大きさから巡洋艦クラスの戦闘艦か?」

『データから確認した結果、1200年ぐらい前の銀河帝国の巡洋艦です』


この惑星を調べる重要な手掛かりになるかもしれない。一度行ってみる価値はある。ルディは腕を組んで考えると、目的地を謎の宇宙船に決めた。


「宇宙船内に生命反応は?」

『今のところ1体の動く生命反応があります。知的生命体かは不明』

「だとしたら、武器を装備していない揚陸艇で行くのは危険だな。現地に行っても連絡は取れるか?」

『無線連絡は可能。ただし、まだ通信衛星を設置していないため、揚陸艇から10Km以上離れたら連絡不能です』


 現在、揚陸艇が停まっている場所は、謎の宇宙船から9Km離れた場所にある。


「それなら大丈夫だな。了解。俺が行ってみる。その間、機体が故障していないかチェックしてくれ」

『イエス、マスター。お気をつけて』




 ハルとの会話を終えたルディは、揚陸艇の扉を開けて最初の一歩を大地に降ろした。

 踏み締める雑草と苔の地面は絨毯とは違って柔らかい。頬に当たる自然の風が清々しかった。

 ルディが深呼吸して自然の空気を吸う。春になったばかりの季節、肺に入った冷たい空気が気持ち良い。


「さてと……」


 ルディは気分をリフレッシュさせると、左薬指にある指輪を確認する。

 朝日に反射するプラチナで作られたアナログの指時計は、現地時間で朝の7時を指していた。

 移動前に、ルディが左目のインプラントをサーモグラフモードに変更させる。近くに大型で人を襲うような敵はなし。

 サーモグラフモードを切って、今度は投射スクリーンを出してマップを表示。目的地の廃棄された宇宙船の場所を把握する。


「では出発だ」


 ルディは電子頭脳にインストールした『サバイバル』スキルを活用して、森の中を西に向かって軽々と歩き始めた。




 森を歩き始めて1時間後。

 ルディは目的地まで半分の距離を歩いて、岩から染み出る水を見つけた。

 本当ならば生水は避けるべき。だが、歩き続けて喉が渇いていた。

 そこで、手のひらに水をすくって、左目のインプラントで水分データを分析する。


「有害な毒成分なし。寄生虫もなし……。おや? 水にもマナが含まれているな」


 ルディは大腸菌などの有害成分がなく普通に飲めると判断する。マナは……有害だったら今頃死んでいる。

 再び水をすくって今度は口に含む。初めて飲む天然水は冷えていて、ただの水なのにルディは美味しいと思った。

 ルディが休んでいると、彼の背後でガサッと木の葉が揺れる音が鳴った。

 サッと振り返り、左目をサーモグラフにして確認する。

 すると、茂みの中に子供ぐらいの大きさの生物を見つけた。さらに周辺を見渡せば、同じ生物が彼の周りを取り囲んでいた。

 4、5、6匹……7匹。囲まれたか……。体形から判断して、降下前にモニターで見たゴブリンか? おそらく友好的ではないだろう。

 ルディがゆっくりと立ち上がる。腰に差しているショートソードの取手部分をリズミカルに叩き、体を揺らし始めた。


 ……来た!!


 背後からの気配の変化に、揺らしていた体に勢いを付ける。体を回転させながら腰の剣を抜いて薙ぎ払った。

 ルディの攻撃でゴブリンの手首が切断。悲鳴を上げたゴブリンが、掴んでいたこん棒を地面に落とした。

 止血しようとゴブリンが手首から先のない右腕を押さえる。だが、斬られた箇所から流れる血は止まらず、宙に血の雨を降らした。

 とどめにルディが肩から切り裂く。切られたゴブリンは、肩口から鮮血を噴き出して地面に倒れた。


「本当に見た目はゴブリン族だな」


 出血が止まらず痙攣しているゴブリンに、ルディが眉をひそめる。

 宇宙の運送稼業は結構危ない職業で、ルディは何度か海賊に襲われて戦った事があった。

その経験から殺生に何も抵抗はない。別に好き好んで殺人狂という訳でもない。自分を殺しに来るならば、ゴブリンだろうが人間だろうが、殺すのは当然だと思っていた。


 再び背後に気配を感じて振り返る。今度は2匹のゴブリンが武器を構えて、ルディに襲い掛かった。

 右のゴブリンがこん棒で殴り掛かって来たのを、ルディがショートソードで迎え撃った。

強化セラミックのショートソードの刃は鋭く、こん棒を真っ二つに切ると、手元しか残っていないこん棒にゴブリンが驚き目をしばたたいた。。

 だが、同時に襲ってきた左のゴブリンへの対応が間に合わない。

左のゴブリンが振り下ろした錆びた剣に対応できず、ルディは思わず左腕を前に出した。


 しまった‼︎ そう思っていても既に遅い。ルディが腕を出したのは経験不足が故のミスだった。

 切ったと思ったゴブリンが嘲笑う。しかし、直ぐに変だと思って首を傾げた。

 何故なら、切ったはずなのに感覚がなく、ルディも全く痛がらない。つまり、攻撃が効いていない。それに気付いたゴブリンが元から醜い顔を歪ませた。


 さすが強化コーティングだな。ルディが心の中でハルの作成した服を褒める。そして、心を切り替えて反撃に転じた。




 戸惑う左のゴブリンの左肩を掴んで心臓にショートソードを突き刺す。ゴブリンが胸に刺さったショートソードを見ながら吐血して痙攣を始めた。

 直ぐに体からショートソードを引き抜き、そのまま右のゴブリンの首へショートソードを一閃。

 すかさず後ろに飛んで、2匹から離れた。

 首を斬られたゴブリンはキョトンとした表情を浮かべていたが、ゆっくり頭だけが後ろへ倒れ始める。同時に残された首から鮮血が噴水の様に沸き上がった。

 残りは4匹。仲間を倒されてゴブリンがキーキーと罵声を上げ、逆にルディは高揚する心を落ち着かせる。

 ショートソードを左右に振って血を振るい、右手の中で軽く回す。左手を前に出してゴブリンを手招きした。

 その挑発行動に、最後尾のゴブリン以外の3匹がキレて襲い掛かってきた。




 相手とルディの距離が2mまで迫った瞬間、ルディの電子頭脳が高速処理を開始。

 近づくゴブリンがスローモーションを見ているかの様に、動きが鈍くなった。


 説明すると、ルディは電子頭脳を高速処理させて、ゾーンと呼ばれる極限の集中状態を無理矢理作り出す事が出来た。その効果は、動体視力と行動が通常の30倍まで上昇する。

 ただし、再使用には30分のチャージ時間が必要なのと、使用時間は5秒間だけ。それを超えると自動で元に戻る仕様だった。


 スローモーションの世界で、ルディが左右のゴブリンの間を潜り抜ける。その際、ショートソードを左右に振り払い、ゴブリンの首を切った。

 さらに3匹目のゴブリンの喉元にショートソードを突き刺すと、そのまま体を回転させて背後へ回った。

 ゾーンが終了して世界が元に戻り、3匹のゴブリンの背後で、ルディがショートソードの血糊を払って鞘にしまう。

 その音に気付いてゴブリンが振り返るが、その瞬間、3匹の首から鮮血が噴出した。

 地面に倒れたゴブリンは、何が起こったのかを理解できず、そのまま息絶えた。




 最後の1匹は仲間が殺される光景を見るや、慌てて逃げ始めた。

 ルディは仲間を呼ばれるのは面倒だと考え、背中から弓と矢を取り出す。

 右目を閉じて、左目のインプラントを望遠モードに変えると、ゴブリンをターゲットに捉えた。

 ゴブリンの背中に向かって矢を放つ。放たれた矢は緩い放物線を描いて、ゴブリンの後頭部を撃ち抜いた。

 弓をしまって、ゴブリンの死体から持ち物を確認する。


「こん棒に錆びた剣。服は腰布一枚……冬になったら凍死するぞ」


 ルディは死体に向かって軽く肩を竦めると、再び森の中を歩き出した。

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