第20話 泣いていても進まない


「……ミヤビちゃん。泣いてるの?」


 ずずっと鼻をすする音が、そう思わせた。

 ちらっと横を見ればミヤビは真っ赤な目をしたまま、上を見つめている。涙をどうにかこぼさないようにしているが、収まりきらない涙は頬を伝ってこぼれていく。目線の式にはもう、二人の光もそして太陽もないというのに。


「泣いてなんか、いませんっ。目にゴミが入っただけです」


 目をこすって、鼻をすすって。あからさまな嘘をつく。

 でもわざわざ否定するべきではないことは、ヨウスケにもわかった。


「そっか」


 かける言葉が思いつかず、短い言葉を返す。

 友人との別れが辛い。残される人達がどんな思いになるのか、やっとわかった。

 二度と会うことができなくなる。話すことができなくなる。触れることだって。


 永遠の別れが胸を引き裂くなんて言葉を思い出した。


 ヨウスケの妹が熱心に読んでいた小説に書かれていた言葉である。

 別れがつらいもの。そんな当たり前のことなのに、ヨウスケの瞳からは涙が見られなかった。


 出会って数日の友人ではあるが、悲しまないなんて薄情な人だと思われたかもしれない。でも、ヨウスケは二人が後悔しない最期を迎えることができたのだと思っているからこそ、悲しみではなく、安心と喜びから涙がでなかった。


 ミヤビはずっと鼻をすすっては、目をこすっている。

 ミヤビが落ち着くまではまだ時間がかかりそうだと思ったヨウスケは、最前列に腰を下ろして、今までことと、これからのことを考えることにした。


 エミリとイツキは突然の事故に巻き込まれて死んでしまい、残された期間が七日間であることを知る。

 その間に、思いつく限りのやりたいことを自由にやり、短い人生を終えた。

 あんなに暖かい光だったのだから、きっと二人は、満足したのだと思った。


 それが羨ましい。

 ヨウスケに残されているも同じ時間であるはず。その時間で2人のように、後悔せずに、この世を去ることができるのだろうか。


 後悔しないためにはどうするべきか……


「――……やり残したこと……」

「え?」

「あ、ごめん。考え事してて……」


 思わず口に出てしまっていた、ヨウスケの考えていたことにミヤビが聞き返す。

 あんなに泣いていたミヤビはいつの間にか泣き止んで、首をかしげながらじっと、大きな目でヨウスケを見つめている。


 その目は真っ赤になっており、腫れぼったい。


 交わった視線。

 沈黙の時間が再びやってくる。

 何か話さないと、思ったヨウスケだったが、いい言葉が思いつかない。

 ゴモゴモとするヨウスケに代わって、ミヤビが沈黙を破った。


「私たちも、後悔しないためにやりましょう!」

「へ?」


 さっきまで泣いてたのがどこへやら、突拍子もないことを言うものだから、ヨウスケからはすっとんきょうな声が出た。


「だーかーらっ! 何も後悔しないためにも、私たちがやり残したことを全部なくしましょう?」


 ぐっと握りこぶしを作って、意気込むミヤビに圧倒され、ヨウスケの動きはピタリと止まった。


「だから!」

「い、言い直さなくても聞こえてたって……もちろん意味もちゃんとわかっているからね? でも、一体何をやるっていうの? 前にも言ったかもしれないけど、俺にはこれといって出来そうなことはほとんどないし……」


 未来に描いていたやりたかったことは、どれも叶わないもの。

 例えばサッカー。チームでやるからこそのスポーツ。

 さらには就職や結婚、親孝行など、閉ざされしまった未来にあると思っていたイベント。


 どれもこれも一人ではできないものであり、死んでしまった今ではできないものである。


 だから、今更やり残したことをやろうと言われてもどうしたものかと頭を悩ませていた。


「……ヨウスケさんのやり残したこと、ありますか?」

「俺? しいて言えば家族と親友には会いたいかな。あと、自分のことも知りたい。ミヤビちゃんは?」

「ご家族! いいですね! 私はヨウスケさんのお手伝いができれば。あ、でも一つだけやりたいことはありますね。それは――……」


 間髪入れずに、ミヤビは答えた。

 迷うことなく言ったやりたいこと。ヨウスケには簡単にできていたことだった。

 ヨウスケよりも年下に見えていたが、見た目に反して、今までずっと大人びた発言や言動をしていた。でも、今回だけは、見た目に似合った内容だった。


「うん。それは俺が……俺なら叶えられそうだよ」

「ほんとですか!? でも、そうしたらヨウスケさんの……」 

「俺はまだ、余裕があるから大丈夫。でも、ちょっと寄りたいところがあるんだ。そこに寄ってからでもいいかな? ちょっとずつ……目の前の出来ることからやっていこうよ」

「寄りたいところ? もちろんですよ。どこへでもご一緒します」

「よかった。じゃあまずは、そこへ寄ってから、ミヤビちゃんのやりたいことをやろうか。ここから距離あるし、着替えてから移動しよう?」

「はい!」


 いつまでもウエディング用の服では動きにくい。ここからまた、移動しなければならないから着替えた方が何かと便利である。

 二人は衣裳部屋へと戻り、各々の服へと着替える。

 イツキと共に着替えた部屋に、イツキが脱いだ服はない。おそらくイツキと共に消えたのだろう。


 着替えている間にも時間は過ぎていく。

 タキシードを脱ぐのもこれで二回目なヨウスケは、てきぱきと脱いでいく。脱いだタキシードはできるだけ皺にならないようにハンガーにかけておいた。


 立つ鳥跡を濁さずというサッカー部の教えの元、ヨウスケは衣裳ルームを隅々までチェックし、汚れがないことを確認してから部屋を出る。

 隣の部屋ではミヤビがドレスを脱いで着替えている。着替え終わるまで通路で待つことにした。


 なれた制服にオールバックのヘアスタイルはいかがなものかと思ったヨウスケは、手でぐちゃぐちゃと髪を乱そうとした。しかし、しっかりと固められていることに気づくと、トイレに向かい水を使って髪を洗って普段の髪型に戻す。

 他にやることはないはず、と通路へ戻って窓から外を見る。するとすっかり日は沈んで、満点の星空に満月が輝いているのが見えた。イツキとエミリが空へと昇っていくときの光と同じぐらい、その空は綺麗だった。


「お待たせしました」


 ヨウスケが地面に座り、空を見上げて待つこと二十分。一人でドレスを脱ぐのには時間がかかったようだった。

 ミヤビの髪はアレンジを加えたままで、薄いパジャマに戻り、相変わらずの素足でペタペタとやって来た。


「それじゃあ、行こうか。道順はわかるから安心して」

「はい。どこへでも行きますよ」


 イツキが最期に言った『後悔しない最期を迎えてね』という言葉。ミヤビが来るまでに、いろいろと考えることもできた。そしてやり残したことは何か、やっと思いついた。一人では怖くてできないから、ミヤビがいれば心強い。


「でもどこへ行くんですか?」

「図書館だよ。なんで俺が死んだのか、それが知れるのは図書館かなーって。古い新聞とかあるだろうし。それなら何があったのかわかると思って。でも、一人で調べるのは怖いじゃん? よかったら協力、してくれないかな?」

「もちろんです!」


 言葉にするのは恥ずかしくて、目をそらしながら言った。すると、ミヤビは、ぱあっと顔を明るくして嬉しそうな表情を浮かべる。


「な、なんでそんな生き生きしてるの?」

「だって、ヨウスケさんがやっとやりたい事を言ってくれたんですもの! ずっとみんなの言葉を聞いているばかりで、やりたいことがないっていうから……だからやっと言ってくれたことが嬉しくて!」


 ふふふ、と笑いながら言う。

 なんだか余計に恥ずかしくなり、耳まで赤くなったヨウスケは逃げるように、ミヤビに背中を向けた。


「行きましょう! 私達にも時間がありますし!」


 結局はミヤビに手を引かれてその場をあとにする。

 その様子をエミリに見られたら、きっとニヤニヤ笑いだすだろう。イツキはにこやかに見てくれるだろう。そんなことを考えながら、心の中で二人に別れを告げ、その場から離れた。


 二人が空へと昇って行ったチャペルを出て、ヨウスケの家がある方向へ向かって歩く。

 これから家へと帰るのであろう人々が足早に歩いていく。学生、大人そして動物。夜を迎えてみんなが帰ろうとする姿を見ても、ヨウスケの決意が揺るぐことがなかった。

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