第13話 生前の記録
「あ、これ……すんません」
思わず見てはいけないもののような気がして、ヨウスケは目をそらした。表示されているのは、葬式の写真であったのだ。
「ううん。全然平気だよ。むしろ見てほしい」
そこに写っていたのは黒い服に身を包んだ人と真っ白な花が一面に置かれた中、中央に立てかけられている、紛れもないイツキの写真。
飾られた写真のイツキの顔はかなりこわばっている。入学したての時に取った学生証かなにかの写真なのかもしれない。今のイツキには見られない表情である。
葬式の写真は一枚だけではない、何枚も、様々な角度から式の様子を写真におさめている。
「ウチも撮ったよ、見てみて」
そう言ってエミリもスマートフォンを操作すると、似たような写真を見せてきた。
イツキとは異なり、様々な色の花が飾られている。そして、遺影の中のエミリは笑っていた。
どちらも故人との別れという悲しみに暮れる場所のはずなのに、写真を見せる二人は少し面白いといったような顔をしているのが、ヨウスケにとって不思議だった。
「まさか自分の葬式を、こうやって見ることができるなんて思わなかったから、思わず写真撮っちゃったんだ。あと、自分の骨も見ちゃった。結構身長もあると思っていたんだけど、燃えたらあんなに少なくなるんだね。壺にしっかりおさまっちゃったよ」
内容はともかく、無邪気に言うイツキは、まるで子供のように見えた。初めて見るものすべてに興味を持ち、目をキラキラさせる。それを子供と言わずになんというのだろう。
自分が骨になった姿なんて、決して見られるものではないし貴重だ。だが、好んで骨を見たいかと聞かれるとうなずけない。正直見たくないというのが、ヨウスケの本心であった。
「そうそう。うちの骨はね、骨密度パないし、めちゃくちゃ太くて、壺に入れるの大変そうでまじウケた」
エミリもエミリだ。自分の骨の話で笑えるものなのかと思ったが、本人が満足そうにしているので何も言えず、二人に苦笑いで返した。ミヤビも笑うことができず、静かにしたままだ。
そんなヨウスケたちの少し悪い空気を感じ取ったのか、イツキは指を再び動かす。
「あ……」
葬式の写真を過ぎていき、次々に表示されていくのは、イツキが生きていたころの写真だった。
仲の良さそうな友人と二人で肩を組んでピースする姿。文化祭でクラスティーシャツを着てアイスを売る姿。体育祭の騎馬戦で駆け抜ける写真もあった。
どれを見ても、楽しく生きていた姿ばかりである。
「楽しかった、なぁ……」
イツキの弱い言葉が、場を暗くさせた。
ここにいる全員、生前の思い出を持っている。入院ばかりであったミヤビにはあまり学校の思い出はないが、イツキは普通の高校生活を送ってきたのだろう。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと。様々な記憶が写真として残されている。
生前を振り返り、出てきてしまった言葉はここにいる全員、自分自身を苦しめる。
「あ、野良ちゃん! ほら、信号を先にわたって待っていてくれてますよ! というより、ちょっと怒っていそう……」
空気が悪くなった時、老人たちはとっくに横断歩道を渡り切って、信号は再び赤に変わっていた。それと同じタイミングで横断歩道を渡り切っていた野良は、向かい側でこちらをジッと見つめている。
すでに死んでいるヨウスケたちが、信号無視したところですでに死んでいるのだから今更事故に遭うこともない。だが、生前からルールを守ってきたため、どうしても赤信号で渡るということができなかった。
「次に信号が変わったら、急ごうか。心なしかむすっとしているようだよ」
毛づくろいをするわけでもなく、ただただ見つめる姿に悪く思いながら、信号が変わり、青になってから急いで渡る。横断歩道で、白いところ以外を踏んだら死ぬなんて遊びをやっていたことを、ふと思い出し、ヨウスケは他のみんなに気付かれないように一人で白い部分だけ踏んで進んだ。
先に渡っていた野良の丸く黄色い目が、ヨウスケたちをじっと見つめる。その目は、早くしろと言っているような気がした。
「野良ちゃんっ。ごめんね。私たちがついつい話しこんで足を止めちゃって……」
ミヤビがしゃがみ込み、頭を撫でようとした。しかし野良はその手から逃げるように体を反らすと、スタスタと歩き始める。
出会ってから今まで、触れられることから逃げようしたことは一度もない。だから、ヨウスケはこの行動に違和感を覚えた。
「ううっ……野良ちゃん……嫌わないでくださいぃ……」
野良を怒らせてしまったことに対して、悲しむミヤビの肩をヨウスケが優しく叩く。ミヤビは顔を上げなかったが、しっかりと耳は傾けていた。
「行こう? じゃないともっと怒りそうだし」
野良は数歩歩いては振り返る。ジッとヨウスケたちを見ているが、そのしっぽは真っ直ぐ立ってはいなかった。もし、垂直にしっぽを立てているのであれば、それは喜びを表している。だが今は垂直ではなく、先っぽだけを細かく動かしているだけ。どうやらあまり、気分はよくないようだ。
「のーらーちゃーん! 待て待てー」
小さな子供のように、エミリは野良を走って追いかける。野良は追いかけられると逃げだす。イツキは野良との鬼ごっこを始めたエミリを見守る保護者のように、更にその後を追う。
「あー……行くの早いなぁ。さ、行こう? 置いて行かれちゃう」
「……はいっ」
ミヤビに手を差し伸べ、立たせると、そのまま手を握って小走りで二人の後を追った。
ペタペタと音を立てて走るミヤビ。足の長さが異なるため、ヨウスケはミヤビに合わせてゆっくりと走る。
「全く……どこまで行ったんだ……がっ!?」
走ってから五十メートルほど。先に行った二人に呆れつつ進んでから、ハッとした。
手から伝わる熱。ずっとミヤビの手を握っていたことに気づき、ヨウスケの顔にどんどん熱が集まる。手にも嫌な汗をかいた気がした。
生きている間に、浮かれた話は何一つなく、彼女が出来たことは一度もない。もちろん、女の子と手を繋いだことだってない。
だから今、ミヤビの手を握っていることが急に恥ずかしくなって、慌てて手を離した。
「あっ、これはっ! そのっ! つい、成り行きでっ!! 汗でベタベタして気持ち悪いよね! ご、ごめっ!」
真っ赤な顔であたふたと言い訳をし、ズボンに手をこすりつけては汗を拭きとるヨウスケを見て、ミヤビはクスリと笑う。
「行きましょう?」
ズボンに手をこすりつけるヨウスケの手を、再びミヤビが握る。温かいミヤビのぬくもりが、また手から伝わる。
「置いて行かれちゃいますよ」
太陽は既に頂点を通り過ぎていた。
だからなのか、ミヤビは少しでも早く目的の場所へ行こうと手を握ったまま走り出す。
恥ずかしさもあったが、ミヤビの手を振り払うことは出来ずにそのまま走るしかなかった。
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