第4話 亡くなりました
ひっ、と誰かの息を呑む音が聞こえた。まだ春の初め。温かい気温で満ち、静かだった教室が一気にどよめき、冬のように冷たくなっていく。空気だけではない。ヨウスケも体が芯から冷たくなったように感じた。
担任の言葉の直後、何人かのクラスメイトの視線がヨウスケへと向けられる。
だがその視線とヨウスケの視線がしっかりと交わることはない。
視線はヨウスケの目ではなく、机へと向いていた。
不自然な視線に、きょろきょろと周りのクラスメイトを見る。
コソコソと何かを話しあう人、ぴたりと動きが止まったままの人。担任と同じく、涙をこぼす人。
それぞれが驚きに、そして悲しみに包まれている。
そんな暗い空気の中、驚きのみに包まれているのはヨウスケだけであった。
「はあ!? 待ってくれよ! 俺はここにいるってーの! なあ! 俺を見てくれって!」
いくらヨウスケが大きい声を出しても、誰も反応することがない。それに、誰とも目が合わない。
「な! 俺、いるじゃん! みんなでふざけたことすんなよ、な?」
そう、隣の席の女子に呼びかけた。
いつも明るく気さくに話しかけてくれる女子。
一方的な恋愛トークも、勉強に対する愚痴だって話すほどの仲。
だが、今は何を言っても、その女子は声を出すことなく、ヨウスケの方を見ることもなければ、何も反応することもない。ずっと青ざめた顔で震えていた。
「くそっ! なあ、お前はそんな変なことしないよな!?」
今度は後ろの席の男子へと声をかけた。
真面目で有名な彼なら、ごまかすことはできない。しかし、こちらも先ほどの女子と変わらず、何も返事をしてくれず、目も合わない。少しうつむいて、鼻をすすっているようだった。
「ど、どういうことだよ……みんな、何が、どうなって……?」
誰もヨウスケの疑問に答えてくれることはない。そんな中、担任が再び口を開いた。
「知っている人もいるかもしれませんが、先日。学校の近くで事件が起きました。それに巻き込まれて、亡くなったのではないか……と言うことです」
担任だけではない。男女関係なく、クラスの多くが涙を流していた。
「犯人はまだ、捕まっていません。ですので、今日はこのまま授業を行わず、下校という形になりました。みなさん、くれぐれも寄り道せず、必ず集団で、速やかに帰宅してください。電車通学の方は駅まで先生たちが同行して――……」
誰とも交わらない視線。
誰にも届いていないヨウスケの言葉。
ここでやっと、自分が他の人に見えていない、聞こえていないことがわかった。
「ふざ、けるなよ……俺はっ! 俺はちゃんとここにいるんだよ! 生きてるんだよ!」
言葉を振り絞って、大きな声を出す。
自分はここにいる。だから、誰でもいい。自分を見てくれと。
しかし、その声に誰ひとり、反応することはない。
「ふざけるなよ……俺を見てくれ、なぁ!」
誰にも見られない、反応されない。それがむなしくて、悲しくて、苦しくて、膝から崩れて拳を握る。
ここにいることが苦痛と感じ、さっき持ってきたばかりの荷物をそのままにして立ち上がると、思いっきりドアを開けた。
すると横にスライドさせる教室の扉がバタンと大きな音を立てた。そこから猛スピードで飛び出す。
「何、今の音……?」
「今勝手にドアが開いたよな」
「まさかヨウスケの亡霊か?」
「なっ……まさか、そんなことあるわけねえだろ」
誰もいないのに勝手に開いた扉をクラスメイトは不思議そうに、そして悲しい目で見つめた。
☆
一方、ヨウスケはやみくもに走る。
なんで。どうして。
俺が死んだ?
いや、そんなはずはない。だって、ここに俺はいる。
でも、誰にも気づいてもらえない。
誰も俺を見てくれない。
――ここに俺はいない。
「う、うああああああああ!」
自分が他者に認識されないという不可思議な現象が急に怖くなって、大きな声で叫びながら学校を飛び出した。
外へ出ても、行く場所なんてない。
自分が死んでいることを受け入れられるわけがない。当たり前に明日がくると思っていた。それがないと知って、冷静にいられるはずもない。
悲痛な気持ちを、いくら大声で叫びながら走る。
それでも、すれ違う主婦や老人、空を飛ぶ鳥でさえもがヨウスケを見ることがない。
「違うっ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ……!」
一人でそう言いながら、走り続ける。
だが、どれだけ走っても息が切れることがない。足がもつれることも、重くなることも、動かなくなることもない。
疲れない体。
明らかにおかしいそんな体が、本当に自分が死んでいるのではないかと思わせる。
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