第3話
…ここはどこだ?
イツキは頭に少し違和感を感じつつも目覚めたときの意識ははっきりしていた。
ついさっきまでホテルで凜香と甘いひとときを…甘い…いや、おい、待て。なぜ俺が刺されてるんだ?凜香…いや、それよりも先にスマホ…ってなんで俺、服着てんの?!俺の服じゃねぇし!いや、え?!手!縛られて動けないんだけど!ちょ、だれか!
イツキがあたふたしているその頃、凜香はというと、パソコンに張り付いていた。
期末テスト前日の高校生のように目を血走らせて。
「これじゃない…これじゃない…これでもない…」
ホテルでイツキの頭にフォークを刺した後、凜香が従えている執事、芝に連絡をした。
『芝、いまから○○ホテルに来てもらえるかしら。来るときに男性用の洋服も揃えてちょうだい。178cm、中肉中背のサイズ。靴はあるから洋服だけでいいわ。いい?ええ。何分くらいかかるの?ええ。わかったわ。私、シャワー浴びるからちょうど良い時間ね。ええ。また連絡するわ。』
電話を切った凜香はすぐさまイツキのスマホを手に取った。
「ふん、スマホって今じゃパスワード要らないわよね。個人情報もあってないものだわ」
吐くように言い、スマホをイツキの顔の前に持ってゆく。
ポワンと液晶がホーム画面を差し出した。LINE、Instagram、Twitter、イツキが常に触ってそうなアプリを片っ端から漁る。…しかし、ない。どこにもない。アルバムも確認したが、ない。
イツキがママ活をしている証拠が、どこにもない…。
………………………
遡ること2週間前
「凜香ー!早くしてよー!さきにお昼食べちゃうよー!」
「ちょっと待ってよー!もうちょっとで終わりそうだからー!」
凜香といつもランチタイムを過ごす真美が急かす。
「ったくもー。お昼休憩短いんだから午前中にすることは早めに確認しとけっていつも言ってるのに。」
「真美は凄いね~。研究結果と症状の暗記ができるんだから。ほんとぉ~にすごい!」
「人のことはいいから早く終わらせろっつってんの。」
真美はそう言いながらも凜香のことを待っていた。目の前の騒がしい日常から目を背けるように頭の中で空想をしながら。
大学院のドクター。聞こえはいいが、収入も乏しい上に、臨床実験などデータ分析が主となるのでパソコンに張り付いて結果を考え、間違い、それを何十回何百回と繰り返す。まさに鍛錬の日々だ。この道を進んでいる学生はみんなそうだが…イツキは…学生外科医として一目置かれているとても優秀な人材だ。臨床も分析もデータ収集もずば抜けている。
そんな彼が…この目の前にいるどんくさい凜香と…
「真美~終わったぁ~!ほら!早く食堂行くよ!」
「あんたねぇ…仏のように待っててくれた可愛い同僚にお礼の一つも言わないつもり?」
「えへへ。今日は私が奢ってあげるから~真美ちゃ~ん♡」
「んもう!それで私がなびくとでも思ってるの?今日だけだからね!明日はもう待ってあげないからね!てゆか凜香、節約してなかったっけ?」
二人は歩きながら会話を続ける。
「節約、今でもしてるけどさっ。ふふっ。いいことがあったから、今日くらいは自分以外の誰かを幸せにして、幸せのおすそ分け、的な?」
「え?いいこと?なになに~。まず、その“いいこと”を教えてよ~」
「ふふふ、気になるぅ?…っじゃーん!」
そういって凜香はLINEの画面を真美の顔面すれすれに持ってきた。
「いや、近すぎて見えんわい!…どれどれ」
【イツキ】
凜香の誕生日、2週間後だったよね?俺さ、サプライズとか得意じゃないからこんな誘い方でごめんけどその日、空けといてくれない?一緒に美味しいもの食べに行かない?いつも頑張ってる凜香に俺からのプレゼント♪
「ふふっ。イツキから誘われたのは初めてかも~」
凜香は満面の笑みでスマホの液晶を眺めていた。真美の心の内も知らずに。
………………
真美がイツキを好きになったのはもうかれこれ3年前のこと。大学の研究室での出来事だった。研究やら講義の課題やら、徹夜で研究室にこもるのが習慣になっていた真美はコンビニの袋を手に持ち、ドカッと椅子にうなだれた。
「これで何日目だ…?帰ったら洗濯しなきゃな…あー、食器洗ってたっけ…きっつ。」
そんなことを思いながら袋の中を漁る。味噌汁、味噌汁っと。
『ガチャッ』
「おぅ、古田、まだ帰ってなかったのか」
「もう半分屍状態よ。てゆかなんであんた戻ってきたの?さっきレポート完成させてなかったっけ?」
「うん、ちょっと忘れ物~。あ、これこれ。これがないと俺、そわそわしちゃうんだよね。」
そういうと、真美に見えるように手に取ったものを顔の横まで持ち上げた。それは革の小銭入れだった。
「これ、じぃちゃんにもらってさ。高校入るときかな。入学祝いっつって名前も彫ってもらってるんだよね。カッコイイっしょ。」
凛とした顔立ちが一瞬クシャっとなり、少年のような笑顔をこっちに向ける。
【*ITUKI*】
革細工の小銭入れにはオシャレに名前が彫られていた。その小銭入れを顔の横に持ち上げたまま真美のほうへ近づいてきた。
「このITUKIの両側にある米印みたいなの、なんだと思う?」
「ん?ただ単に飾り?としてついてるんじゃないの?」
「ふぁ~、古田はロマンがない!じぃちゃんに謝れ。」
「ごめん、イツキのじぃちゃん。」
「よし。許す。これはだな、グロリオサという花を形にしたものだ。」
「そんなのわかるかボケ」
「ははは。だよな。なんか、栄光とか勇敢って花言葉があるらしい。俺にグロリオサの花をプレゼントする代わりにこの小銭入れをくれたんだ。俺、じぃちゃんっ子だったからさ~。こういう粋なとこ、結構見てきたんだよね。女性に対してもスマートな対応、紳士なじぃちゃんだった。口数は少ないけどたくさんの人に愛されてる人だったな。そんなじぃちゃんみたいな男になりたいなと思ってさ。んーでさっき、コンビニで買い物しようとしたら小銭入れ忘れたことに気付いて戻ってきたの。ほら、これは頑張ってる古田に差し入れ。」
優しい口調で、優しいまなざしで、リュックの中から出したのはカップの味噌汁だった。
「え…。」
「味噌汁は体にいいぞ~」
「いや、それはわかってるんだけど…。」
そう言って真美は自分が持っていた袋から取り出す。
「おんなじもの…買ってるんだわ。(笑)」
「は!まじ?はははっ、全然スマートにキメられてねぇ俺!ダセェ」
2人はしばらく笑いあっていた。
「ふふ、でもありがとうね。せっかく買ってきてくれたんだし、こっちから先にいただきます。ふぅ、疲れたまってたけど少し元気になったよ。ありがとね。イツキ。」
「笑ってくれてよかったよ。あんま無茶すんなよ。たまには家の布団で寝ろよな。」
そう言ってイツキは帰っていった。真美とイツキはここから自然と距離が近くなり、同期から“お前ら本当に仲良いよなぁ。付き合っちゃえば?”と言われることも茶飯事だった。
………………
とっても長くなりましたがここから先は尊敬しているジゼル姉さまにバトンを渡したいと思います。笑
なぜかエロシーンが一切ないことは…私が純粋だからということに皆さま、気付いていただけたでしょうか?笑
リレー小説も折り返しとなってまいりました。次作を乞うご期待。
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