第164話 ヴェントンの回想3
――二人を発見したのは二日後だった。
第3階層の隅の隅。
未探索だったエリアの突き当りの部屋に二人はいた。
部屋の扉は魔法で封じられており、中からは開けられないようになっていた。
扉の中央部には丸いくぼみがあった。
それがなにを意味するのか、すぐに理解した。
「おい、あれを」
「ええ」
アイス・ゴーレムを倒したときに得た、丸い氷玉。
魔法がかけられ、溶けない氷。
それをくぼみに押し当てると、扉を封じていた魔力が霧散する。
「よしっ」
扉が開くとすぐに、俺たち三人は部屋に飛び込んだ。
そして――その光景に呆然とした。
太い氷柱とその根本にしがみついたまま動かないサージェント。
「サージェント!」
「大丈夫だ。息はある」
仲間が氷柱から引き剥がし、口を開けてポーションを流し込む。
サージェントの両拳は赤く固まっていた。
血が流れそれが凍りついたのだ。
意識はないが、一命を取り留めたことに俺はひと安心した。
だが、リードリッヒは?
彼女はどこに?
顔を上げた俺は――。
「リードリッヒ…………」
――氷の中に囚われた彼女を発見した。
すでに死んでいることは、ひと目でわかった。
憎悪を塗り固めた苦悶の表情。
すべてを呪うように大きく見開かれた目。
正視することができず、思わず目をそらした。
「けほっ、けほっ」
ポーションにむせて、サージェントが意識を取り戻した。
「サージェント……」
「…………」
俺の知っているサージェントではなかった。
二日前とは別人になってしまったサージェント。
目はくぼみ、頬はこけ、生気が失われたその姿。
ポーションの効果で両拳を覆う氷が溶け、その手があらわになる。
皮膚は裂け、肉はえぐれ、骨が露出している。
その骨も折れて曲がっていた。
ポーションはその傷を癒していくが、彼の表情までは癒やせなかった。
虚ろな目は氷中のリードリッヒをとらえたまま。
「おい、サージェントッ」
肩を揺すっても、サージェントはなかなか正気に戻らない。
「サージェント、サージェント、しっかりしろっ!」
「俺は…………ひっ」
何度目かの呼びかけで、その瞳の焦点が定まった。
だが、俺には目もくれず、視線は氷柱に釘づけのままだった。
サージェントはガタガタと震え出し、両目からは涙が止めどなく流れている。
ポーションは効いているはずなのだが、明らかに正常とは言えない状態だ。
サージェントはふらふらと立ち上がり、弱々しい足取りで氷柱に歩み寄る。
そして、抱きしめた。
氷柱を――いや、リードリッヒの亡骸を。
「許してくれ、許してくれ、許してくれ――」
わめき立てるのではない。
小さな声が漏れるのみ。
悲痛な、ただただ、悲痛な声だった。
静かなる慟哭に、俺は心臓を鷲掴みにされた。
俺だけじゃない、きっと、他の二人も同じだ。
――リードリッヒを死なせたのは自分だ。
俺が仲間を信じられなかったから――。
頭の中で悪魔が俺をあざ笑う。
やがて、サージェントの声が途絶えた。
彼は立ち上がり、俺に詰め寄る。
先ほどとは違い、力強い足取りだった。
涙が収まった目で俺を睨みつける。
「どうしてッ、どうしてッ、お前たちは無事だったんだッ!」
サージェントは俺の両肩を掴み、激しく揺さぶる。
「リードリッヒが死んで、どうしてッ、お前たちは生きているんだッ!」
答えられる者はいなかった。
言葉のひとつひとつが胸に突き刺さる。
咎めるその声に、ただ俯くしかなかった。
俺はリードリッヒの目を見て、すぐに目をそらしてしまった。
だが、サージェントはあの目に見られ続けて、この二日間を過ごしたのだ。
やがて、サージェントはプツリと糸が切れるように意識を手放した。
だが、三人ともしばらくは動けなかった。
「リードリッヒを……」
リーダーである俺がなんとかしないと。
そう思って、口を動かす。
投げ捨てられた曲剣。
床中にぶちまけられたアイテムの数々。
そして、壊れた両拳。
サージェントはありとあらゆる手段を尽くした。
だが、それでも、リードリッヒを氷柱から救い出すことは叶わなかった。
なすすべもなく、最愛の人が死んでいくのを見ているしかない。
これほど辛いことがあるだろうか……。
「ルーカス……」
「ああ」
アイス・ゴーレムが落とした氷玉を仲間から受け取り、氷柱に押しつける。
氷柱はいとも簡単に崩れ去った。
俺はリードリッヒの身体を受け止める。
冷たい、氷よりも冷たい亡骸だった。
「帰ろう……」
俺たちは動かない二人を背負い、『水氷回廊』を後にした。
『最果てへ』は敗北した。
これが最初で、そして、最後だった――。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『ヴェントンの回想4』
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