第148話 倉庫の中での再会

「なにか、様子が変ね」

「ああ、静かすぎる」


 倉庫の中に人の気配はあるのだが、動きがない。


「でも、風精霊は穏やかね」

「ああ、そうだな」


 俺の頭の上でくるくると旋回している。

 さっきまでは機嫌が悪かったが、今は落ち着いている。


「よし、入ろう」


 俺の言葉にシンシアが頷く。

 いくら風精霊が安全だと告げていても、俺もシンシアそこで気を緩めたりしない。

 ダンジョンのボス部屋に挑むときと同じ慎重さで中に入る。


「アンタは……」


 賊たちはみな床にのびていて、立っているのは男と女の二人だ。

 女の方は知らない顔だが、男の方には見覚えがあった。

 男は俺たちが入ってきても驚いた様子もない。


「あらあら〜、これはこれは。噂のお二人にこんなところでお会いできるとは〜」


 口を開いたのは女の方だった。

 深刻な場に不似合いな間延びした声だ。

 小柄で平凡な顔つき。

 ダブっとしたネズミ色のフード付きローブ姿。

 雑踏に紛れたら、絶対に見つけられなそうな気配の薄さだ。


「ノネミス、ふざけるな」

「えへへへ。すいません〜」


 男が咎めるが、ノネミスと呼ばれた女は悪びれた様子もない。

 それから、男は俺たちに向かって呼びかけてきた。


「ラーズに……シンシアか」


 男は以前会ったときと同じく、感情が抜け落ちたような表情と話しぶりだ。


「ねえ、ラーズ、この人は?」

「ドライの冒険者対策本部(ボウタイ)の本部長、ヴェントン。まあ、偽名だけどな」

「ボウタイ……」


 ここツヴィーの街に到着してすぐのことだ。

 俺はこの男から、クリストフたち『無窮の翼』の顛末を伝えられた。

 ボウタイはギルドの一部門で、冒険者がらみの犯罪を取り締まる役割だ。

 そのトップである本部長がわざわざそれを伝えるためにこの街まで来たことに疑問を抱いたが……。


「アンタもこの件絡みか?」

「ああ、そうだ。禁薬の方から追いかけていたんだが、なかなか尻尾が掴めずにいたところだった」


 禁薬。

 その言葉に、クウカとクリストフのことを思い出す。

 禁薬でクリストフを洗脳しようとしたクウカ。

 この街に禁薬の製造工場があるはずだと以前聞いた。

 ヴェントンはそのためにこの街に来ていたのか。


「お手柄だ。二人とも、感謝する」

「お二人さん、どうもどうもですぅぅ」

「ノネミス」


 軽い調子のノネミスをヴェントンがたしなめる。


「そちらの女性も?」

「ああ、ツヴィーの本部長だ」

「えへへへ、よろしくですぅぅ」


 フザケた調子だが、演技だろう。

 名前も姿も、そして、振る舞いまでも作り物だ。

 まともに取り合うだけ無駄だろう。


 それよりも――。


「別の拠点でこれを手に入れた。拠点のリーダーらしい男が持っていた。冒険者崩れの男だ」


 先ほど入手した通信用魔道具をヴェントンに差し出す。


「おおおおおおおっ。ナイスですぅぅ」


 手を伸ばしてきたのはノネミスだった。


「ロックがかかっていて、俺にはいじれなかった」

「へっちゃらですぅぅ」


 ノミネスは魔道具をいじり始める。


「コイツはこういうのが専門だ。フザケた奴だが、腕前は確かだ」

「ふふふふっ」


 ノミネスは不気味な笑みを浮かべる。


「改造してるよぉ。こりゃ、楽しみぃ」


 腰につけたポーチから機械を取り出し、通信用魔道具をセットすると、機械を操作していく。


「『魔王様に栄光あれ――』この魔道具を持っていた男が最後に残した言葉だ」

「…………そうか」


 ヴェントンはほとんど表情を変えなかった。

 だが、魔王という言葉が出たその一瞬だけ、いつもより僅かに長いまばたきをした。


 沈黙の中に、ノミネスが機械を操る音だけが流れる――。

 やがて、音が止み、ノミネスが手を止める。


「できたよぉ!」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『ローガン商会(上)』


 悪者側の話です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る