第34話 激突

 夏のランニングと言えば、地獄のイメージだけど。


 山の道は思ったよりもずっと、涼しい。


 木が太陽の光を遮ってくれるので。


 とは言え、日頃から運動していないと……


「……ハァ、ハァ、あっち」


「英子ちゃん、大丈夫?」


「ああ、まあ……」


 沢村さんは、ヤンキーというかギャルというか、運動ダルいみたいなイメージだけど。


 体育祭でもそれなりに活躍したように、運動神経は割と良い方だ。


 パワーもあるし。


 けど、スタミナが不足しているようだ。


 あと、何だか重そうだし……


「おい、しっかりしろ、ホルスタイン」


 ベシッ!


「ってーな! 何すんだよ!」


「だから、先輩に向かってナマ言ってんじゃねーよ」


 小泉先輩が言う。


「ったく、下品な牛汁を垂らしやがって」


「牛汁って何だよ。出るのはミルクだろうが」


「えっ、お前、まさか……」


 小泉先輩が、サッと引いたような顔で、なぜか俺の方を見た。


「おい、ラブコメ主人公……」


「田中です」


「不純異性交遊はよくないぞ」


「俺は潔白です」


「そ、そうだよ……今のところは」


「ちっ、浮かれやがって、マセガキどもが」


「い、良いな~。ボクも、烈ちゃんとそういった関係に……」


「黙れ、エロゴリ!」


「おぅふ!?」


 小泉先輩、色々と忙しいな。


 誰よりも小さい体で、よく喋るというか、動くというか……


 でも、汗をほとんどかいていない。


 剛力先輩も。


 ちょっとふざけた人たちだけど、やはり実力者なのか……


「……汗ひとつ、かいていないな」


 ふいに、耳元で囁かれる。


 俺がピクッと反応して見ると、


「……蛇野先輩」


「さすが、九条が直々にスカウトしただけのことはあるな」


「いえ、そんな……」


「謙遜するなよ、モテ男くん……けど、百江には手を出すなよ?」


 ギロリ、と睨まれる。


「いや、出しませんよ」


「まあ、そうだよな~。お前の両手はもう、塞がっているもんな?」


 蛇野先輩は、ニコッと笑う。


「おい、お前ら。男同士でイチャイチャ話してんじゃねーよ、キモいぞ」


「小泉、いちいち突っかかって来んな。お前は剛力とだけ仲良くしてろ」


「はぁ? 嫌だよ、あんなむさ苦しいエロゴリなんて」


「そ、そんな~、烈ちゃ~ん」


「近寄んな!」


 この人たち、本当に余裕だな。


 気付けば、他のみんなは後に置いて来て。


 俺とスリートップの先輩だけがここにいた。


「あれ、九条先輩は?」


「後方の奴らの面倒を見ているよ……全く、面倒見がいいというか、お人好しというか」


「だから、秘書に好かれているんだろうな」


「あぁ! ていうか、百江がここにいないじゃんか!」


「うるせーよ、キモメン!」


「お前ら、先に行っていろ。俺は疲れたから、ちょっと休む」


「ストーカーは嫌われるぞ。だから、お前はキモメンなんだよ」


「黙れよ、クソチビが。だったらお前も、その辺の繁みでそのゴリラとおパンパンでもしてろ」


「黙れ」


 小泉先輩が目にも止まらぬ速度で蹴りを繰り出す。


 しかし、蛇野先輩はサッと避けた。


 さすが、少林寺拳法の使い手。


 そして、ボクサーの動体視力。


「ちっ、キモメンが」


「うるせーよ、チビ」


「ちょ、ちょっと、2人とも、ケンカはやめて」


「うるせーよ、ゴリラ。もうこのクソチビ、黙らせねえと気が済まねえ」


「……蛇野くん、烈ちゃんへの宣戦布告は、ボクに対してのそれだよ?」


 それまで穏やかだった剛力先輩が、途端にオーラをほとばしらせる。


「良いぜ、1対2でも。クソカップル、まとめて天国に飛ばしてやるよ」


「黙れ、キモメン。こんなエロゴリとカップルだなんてゴメンだ」


「烈ちゃん、ひどいよ……」


「じゃあ、もう面倒だから……みんな敵同士ってことで」


 蛇野先輩は、瞬時にフックを繰り出す。


 小柄な小泉先輩は身軽な動き。


 けど、剛力先輩も、見事なフットワークでかわす。


 そして、その太い腕のリーチを伸ばし、蛇野先輩の胸倉を掴む。


「ちっ!」


 蛇野先輩は下からその腕を殴りつける。


 けど、剛力先輩の腕は外れない。


「どっせぇい!」


 そのまま、巴投げをされた。


 あやうく、地面に叩きつけられるところだったが。


 蛇野先輩は、宙を舞って着地する。


「おい、エロゴリ、アタシにも来い」


「いや、烈ちゃんには……」


「じゃあ、アタシに勝ったら、何でも言うことを聞いてやるよ」


「えっ、本当に?」


 剛力先輩の目が光る。


 その図太い腕を、今度は小泉先輩に伸ばす。


 小泉先輩はまた身軽な動きでかわし、ハイキックを決める。


 しかし、剛力先輩は揺るがず、その手で小泉先輩の足を掴む。


「ちっ!」


 そのまま、小泉先輩を高々と放り投げる。


 落下して来た彼女めがけて、拳を叩き込もうと構えた。


「こっちも忘れんな!」


 しかし、蛇野先輩が横からストレートを叩き込む。


「ぐっ!」


 さすがに頑強な剛力先輩も揺らぐ。


 さらに、小泉先輩が落ちながらかかと落としを叩き込んだ。


「おぅふ!? れ、烈ちゃんの攻撃、たまらん!!」


「黙れ、クソエロゴリ!」


「ったく、タフなんだよ、ゴリラ野郎め」


 3人は睨み合う。


「てか、こんな所、九条に見られたら、また説教だぞ?」


「ああ、そういえば。そろそろ、追い付かれちゃうかも」


「ふん、だったら……次で決着をつけるぞ」


 3人とも、身構える。


 力を溜めて、それぞれが渾身の一撃を放とうとしていた。


 まずい、3人とも熱くなっている。


 今まで、彼らがどんな争いをして来たのか、俺には分からないけど。


 このままだと、3人ともタダじゃ済まないかもしれない。


 そう感じた時、俺も動き出していた。


「らあああああああああああああああぁ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」


「しゃあああああああああああああああぁ!」


 3つの巨大な力が激突する――寸前。


 俺はその中心に立ちはだかった。


 そして――右手、左手、右足で受け止める。


 左足だけで、まるでカカシのように立つ形となった。


「「「……なっ」」」


 先輩たちが驚いたように目を丸くしている。


「落ち着いて下さい」


 俺は努めて冷静に、そう伝えた。


 すると、背後の方から、ザッ、ザッと足音が聞こえて来る。


「みんな、追い付いて来たみたいですね」


 そう言うと、先輩3人は慌てて身なりを正す。


「おや、君たち。とっくに先でゴールしているかと思ったが?」


 九条先輩が小首をかしげる。


「いや、それは……」


「もしかして、またケンカか?」


 九条先輩の問いかけに、3人とも知らぬ顔をしている。


 その視線が、俺に向けられた。


 しばし、ジッと見つめてから……


「……ふっ、そうか」


 とだけ言って、微笑む。


「おい、伸男ぉ~! あたしを置いて行くな~」


「私も、伸男くんと一緒に行きたい」


 岬さんと沢村さんが言う。


「だとさ、田中くん」


「ああ、はい。じゃあ、ペース落とします」


「そっちの3人も、お疲れみたいだから。最後はみんなで行こうか」


「「「……了解」」」


 こうして、俺たち風紀メンバー+ファンクラブ代表2名は、仲良くまとまって走り出した。




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