第10話 2人の魅力

 思えば、こんな風に外で勉強するなんて、初めてだ。


 いつもは、テスト期間に、自分の部屋で勉強するくらいだったから。


 それが今は……


「う~ん、この問題、ちょっと難しいなぁ」


 岬さんが、シャーペンを唇に押し当てて、悩まし気に唸っている。


「ねえ、伸男くん。これ、数学の問題なんだけど……分かる?」


「ちょっと、見せて」


 俺は岬さんに渡された問題集に目を通す。


「ああ、これはたぶん、ここをこうして……」


「あっ、なるほど、そっか。伸男くん、すごいねぇ」


「いや、すぐに理解できる岬さんも、さすがだよ」


「えへへ、そんな」


 岬さんが、少しばかり照れていると、


「おい、伸男」


 グイ、と袖を引っ張られる。


「沢村さん、どうしたの?」


「この理科の問題が、よく分からないんだけど」


「ああ、それはね、これがこうなって……」


「……なるほど、お前すげえな」


「そんなことないよ。ていうか、沢村さんって、思った以上に勉強デキるね」


「おい、バカにしているのかよ?」


「いや、素直に感心しているんだよ」


「ふぅ~ん、あっそ」


 そっけなく答えつつも、沢村さんはドリンクのストローをクルクルと回している。


 ふと、俺は視線を感じて、岬さんを方を見た。


 なぜか、少しばかり、口を尖らせている。


「どうしたの?」


「……ううん、何でもない」


 そう言って、岬さんはまた問題を解き始める。


 俺は少し休憩とばかりに、ドリンクを飲みながら、おもむろに周りに視線を向けた。


 俺たち以外にも、勉強をしている学生たちが結構いた。


 ワイワイ、ガヤガヤ、と楽しそうに。


「何だよ、伸男。お前、のんびりして、余裕だな?」


 沢村さんが、ジロッと睨んで来る。


「いや、みんなこうして、仲良く勉強しているんだなって」


「えっ? ああ、そうだな……まあ、あたしも普段は、こんな風に勉強しないけど」


「そうなの?」


「うん。乙葉みたいに、友達もそんなにいないし……」


「英子ちゃん、そんなことは……」


「ちなみに、伸男もあまり友達いないだろ?」


「そうだね」


「即答とか、ウケるな……じゃあ、寂しい者同士で、慰め合うか?」


「いや、俺は別に、そんなに寂しいと思っていないよ」


「彼女とか欲しくねーの?」


 その問いかけを沢村さんがすると、俺よりもなぜか岬さんが張り詰めた表情になる。


「どうだろうなぁ……今の所、そんなに興味はないかな」


「今の所……な。ていうことは、これから興味が湧いて来る可能性がある訳だ」


「まあ、俺も所詮は、人だからね。生物学上の構造、習性には抗えないよ」


「ふん、小難しいこと言っちゃって……ちなみに、あたしと乙葉だったら、どっちが好み?」


「ちょ、ちょっと、英子ちゃん!」


「乙葉、あんただって、気になるだろ?」


「そ、それは……」


 岬さんは、ちらっと上目遣いに俺を見る。


「岬さんか、沢村さん?」


「うん、そう」


「それは……甲乙つけがたいな。2人とも、それぞれ魅力的だし」


「へぇ~? じゃあ、その魅力ポイントを言ってみろよ」


「いや、恥ずかしいし」


「全然恥ずかしそうに見えねーよ。さっきから、ずっとポーカーフェイスなんだよ」


「じゃあ、言うけど……まず、沢村さんは、ギャルヤンキーみたいな見た目に反して、実は意外とマジメなギャップが良いと思うよ」


「そ、そうかよ」


「あとは、スタイルが良いし」


「おいおい、素直に言えよ。おっぱいがデカいのが、魅力的だって♪」


「まあ、確かに、大多数の男子は、沢村さんの胸を見ているだろうね」


「何かそう言われると、ちょっと嫌だけど……お、お前も見ているのか?」


「見ていると言うか、それだけ大きいと、視界に入ることがたまにある……かな」


「ふふん、このムッツリめ」


「ごめん」


「ちっ、ポーカーフェイスめ」


 文句を言いつつも、沢村さんは何だかご満悦な様子だ。


「じゃあ、次は乙葉の番だな」


「ああ、うん。岬さんは……」


 俺が視線を向けると、彼女は固唾を飲むように見守って来た。


「……王道の美少女って感じで、みんなの憧れで……俺みたいな、冴えないモブ男にも、優しくしてくれたのが、正直嬉しかったな」


「そ、そうなの? 嬉しかったの?」


「うん。俺は基本的に、感情が薄いけど……でも、岬さんみたいな、可愛い子に優しくしてもらったら、それは嬉しいよ」


「そ、そんな、可愛いだなんて……照れちゃう」


 岬さんは、両手でほっぺを押さえて言う。


「で、でも、英子ちゃんみたいに、胸は大きくないよ?」


「それはあまり、関係ないんじゃないかな? 最終的には、好き同士になれば」


「……はううぅ~」


 なぜか、岬さんは顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。


 俺は何か、まずいことを言ってしまっただろうか?」


「おい、伸男」


 呼ばれて顔を向けると、沢村さんが一転して、不機嫌そうに睨んでいる。


「えっ、何?」


「ちょっと、みんなの分のドリンク入れて来いや」


「ああ、うん……分かったよ」


「ったく、あっさりと従いやがって、ポーカーフェイスくんめ」


「だって、下手に抵抗して、殴られたら嫌だし」


「あたしはそんな凶暴じゃねーよ」


「そうだね、ちゃんと可愛い女の子だよ」


「にゃっ……にゃにを言ってるんにゃ、こにょ野郎ぉ!」


「じゃあ、飲み物取って来まーす」


 これ以上やりあっても面倒なので、俺はサッと立ち上がって言った。




      ◇




 女子2人きりになると、少し気まずい沈黙が訪れる。


 乙葉は社交的な性格で、みんなが敬遠しがちな英子とも、それなりに喋れるけど……今は何だか、お互いに変に対抗意識を燃やしている……気がするから。


「……なあ、乙葉」


「えっ、何?」


「ぶっちゃけ……伸男のこと、どう思っている?」


 英子に見つめられ、問われて、乙葉はドクンと胸が高鳴った。




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