第7話 なぜ、主人公ムーブをしているのか?

「あれ、今日って泊まりだっけ?」


「あら、言わなかったかしら?」


「まあ、父さんが酒を入れている時点で、何となくは察していたけど……」


「大丈夫、ちゃんと伸男の着替えも用意してあるから」


 ということで、俺たち家族は今晩、バーベキュー場にあるロッジで宿泊するらしい。


 そして……


「またまた、奇遇ね~。ロッジまで、おとなりなんて」


「本当にね~」


 すっかり仲良くなった、うちの母さんと岬さんのお母さんが言う。


 まあ、一向に構わないのだけど……


「やったね、伸男くん」


「岬さん?」


「これで今晩は、退屈しないで済みそう」


「そうだね」


「嬉しいな、夜もまた伸男くんと一緒に過ごせるなんて」


 岬さんは、少し照れたように言う。


「今日はいっぱい、思い出つくろうね」


「うん。でも、今の段階で、もう思い出はいっぱいだよ」


「そ、そうだね……伸男くん、かっこよく、私のことを守ってくれたし」


「まあ、岬さんが無事で良かったよ」


 普通のことを言っただけなのに、なぜか岬さんは赤面した。


「あ、ありがとう……」


 そんな彼女を見て、俺が小首をかしげていると、


「おいおい、そこの可愛いカップルさん。伸男ぉ、上手いことやったな~?」


「父さん、酒くさいから、近寄らないで」


「乙葉ぁ~、お父さんは、彼なら許可出すぞ~?」


「お父さん、ちょっと黙っていてくれる?」


 岬さんが、ちょっと怖い顔になった。




      ◇




 夜。


 岬さんの家族もうちのロッジにやって来て、また宴会状態となった。


「そういえば、伸男。乙葉ちゃんと2人きりで、何をしていたんだ?」


「えっ? ああ、川でちょっと遊んだって感じかな」


「良いな~、青春って感じで」


「ドロドロの青春かもしれないよ~?」


「お父さん、ちょっと黙っていて」


 また岬さんが怖い顔をした。


「もう、嫌になっちゃう。ねえ、伸男くん。ちょっと、私の家族の方のロッジに来ない?」


「んっ?」


「お母さん、良いでしょ?」


「ええ。若い者同士で、ゆっくりして来なさい」


「ありがとう」


 岬さんは笑顔で頷くと、俺の手を引っ張る。


「行こ、伸男くん」


「あ、うん」


 俺は流されるまま、岬さん家のロッジにやって来た。


「さてと……何をしようか?」


「2人で出来ることって言ったら、限られるよね。トランプのスピードとか」


「あ、ごめんね。私、あまりゲーム得意じゃないから」


「そっか」


「だから、伸男くんとゆっくり、お話したいなって思うんだけど……ダメかな?」


「いや、良いよ。俺も、ゆっくりしたいと思っていたし」


「やった。そうだ、何か温かい飲み物、入れるね」


「手伝おうか?」


「ううん、平気。伸男くん、何が良い?」


「お茶で」


 岬さんは、やかんをコンロにセットすると、こちらに戻って来た。


「それにしても、今日はびっくりしたなぁ。まさか、氷室くんまで、このバーベキュー場にいるなんて」


「確かに、すごい偶然だった」


「ちょっと、怖い人たちと一緒にいたし……でも、伸男くんがいてくれたから、助かったよ」


「可愛い子も、大変だね。厄介なことに巻き込まれてばかりで」


「そ、そんな、可愛いだなんて……」


 岬さんは、手でパタパタと顔を扇ぐ。


「でも、伸男くんって、何であんなに強いの?」


「んっ? ああ……あいつらが、弱いだけだよ」


「か、かっこいい……」


 適当にはぐらかそうと思ったら、何か好感度が上がってしまった。


 ていうか、何で俺がこんな主人公ムーブをしているんだよ?


 俺は平穏で平坦なモブライフを送っていたはずなのに……


 ピーッ!


「あ、お湯が沸いたみたい」


 岬さんはソファーから立ち上がると、キッチンの方に向かう。


 しかし、その途中で、窓の方を見て硬直していた。


「――きゃああぁ!?」


 悲鳴を上げる。


「え、どうしたの?」


 俺は立ち上がり、彼女のそばに寄る。


「い、今、窓の外に人影が……」


「本当に?」


「う、うん……伸男くん、私こわいよ」


 岬さんが、俺に抱き付く。


「岬さん……」


 ピーッ!


 とりあえず、コンロの火を止めた。


「ちょっと、外の様子を見て来ようか?」


「ううん、ダメ。伸男くん、ここにいて」


 岬さんは、ぎゅっとより強い力で俺に抱き付く。


「……うん、分かったよ」


 俺は岬さんの温もりを感じながら、頷いた。




      ◇




 寒空の下、ひた走っていた。


「……ちくしょう、ちくしょう。何で、主人公であるはずのオレさまが、あんなモブ男に……ちくしょう!」


 涙と鼻水で、視界も顔もグチャグチャになっていた。




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