静かなるモブ男。今日も教室の隅に佇む。

三葉 空

第1話 モブ男

 窓から見上げる空は、どこまでも青く澄み切っている。


 その中で、雲がぷかぷかと、気持ち良さそうに泳いでいる。


 俺も、あの雲のようになりたい。


 何者にも干渉されず、ただ風に流されるだけ。


 そんな受け身というか、無機質な人生なんて、あり得ないって。


 同じうら若き高校生のみんなにはバカにされてしまうかもしれないけど。


「よっ、モブ男」


 ポン、と肩に手を置かれる。


 顔を上げると、ニカッと笑うイケメンがいた。


「えっと……氷室ひむろくん? おはよう」


「おう。相変わらず、冴えないモブ面だな」


「ああ、うん」


「うっすい反応だなぁ~。もっと、大げさにリアクションしてくれないと、歯ごたえがないぜ~」


 イケメンの彼が言う。


「ああ、ごめん」


「ああ、ああって……そんな無気力で、生きていて楽しいか?」


「まあ、そこそこに」


「あっそ。おっと、いけない。主人公であるオレ様が、モブキャラ相手に話し過ぎたぜ。まあ、お前のことは嫌いじゃないけど、何事にも役割分担ってのがあるからな。お前はせいぜい、同じモブキャラと仲良くしていろ。って言っても、お前ほどのモブ面のやつは、そうそういないけどな」


 俺はメガネをくいと押し上げる。


「確かに、そうだね」


「今ちょっとだけ、キャラ付けしようとしただろ? インテリメガネみたいな」


「いや、ちょっとズレが気になっただけだから」


「あっそ、ウケるわ」


 氷室くんはケラケラと笑う。


「はー、おっかし……おっ」


 彼の視線が、俺から別の方に移った。


「よう、乙葉おとは!」


 彼が元気よく声を向ける先には、可愛らしい女子がいた。


 ショートポニテで、おっとりした感じの子だ。


 この1年A組の中でも1、2位を争う可愛さで、人気の女子だ。


 岬乙葉みさきおとはさんと言う。


「氷室くん、おはよう」


「おいおい、オレのことはれんって名前で呼べよ」


「あ、うん……蓮くん」


 岬さんは、少し困ったように微笑みながら、頷く。


「あ、そうだ。おい、モブ男。お前には特別に、我がヒロインと会話する権利をやろう」


「ヒロイン……」


 そう繰り返して、俺は岬さんを見た。


「あ、田中たなかくん、おはよう」


「ああ、うん」


「出たよ、また、ああって。だから、モブ男なんだよ」


「モブ男じゃなくて、伸男のぶおくんでしょ?」


「良いじゃん、モブ男の方が面白くて。なあ?」


「まあ、好きに呼んで良いよ」


「ほら、乙葉もモブ男って呼べよ」


「いや、そんな……普通に、伸男くんで良い?」


「かぁ~、乙葉ちゃんは、優しいね~。良かったな、モブ男。お前ごときが、我がヒロインに名前で呼んでもらえるなんて。この思い出を胸に、これからも生きて行けるだろ?」


「あはは」


 返事に困る俺は、とりあえず笑っておいた。


「じゃあ、オレは本来のグループに戻るから。乙葉も行こうぜ?」


「あ、うん……」


 岬さんは、俺の方をチラッと見た。


 その後、浮かない顔で氷室の後に付いて行く。


「……難儀だな」


 目立つ奴ってのは、良いことばかりじゃない。


 ていうことで、我がモブライフに、万歳。


 まあ、負け惜しみに聞えるかもしれないけどね。




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