32 クレイグ伯爵夫人ローズマリーが語る②
すると夫はもう言ったんですの。
「何処にも事情はあるんだよ。あまり詮索しない方がいい」
まあそれはそうなんですが。
私は同じ「伯爵夫人」ってこともあって、気に掛かったのですね。
夫は夫で、少し歳も離れていたので、やっぱり何処か過保護な感があったのですね。
だから何となくその時は、どうしてもそれに反抗したくなってしまいまして。
それでそのお宅にお邪魔したのですわ。
一応常に招待状はいただいておりましたし。
到着したらすぐにお出迎え下さり、それこそ手ずからお茶を淹れて下さったり。
ずっと誰も友達が居なかったから寂しかったのだとおっしゃって。
やがて保護者だという実業家が戻ってきたのですね。
ところが私が来たことは知らせた様なのに、顔は見せないのですわ。
あくまで「伯爵夫人」だけが私の相手で。
でも考えてみたら少しおかしくて。
その部屋には、メイドの一人も居なかったんですのよ。
人払いをしているのかしら、とその時の私は思いましたわ。
何というのでしょう。
そう思いたいことを思ってしまうというか。
夫は常々それを私に注意していたのに、私はそれにまるで気付かなかったのですね。
そしてふと、私がスプーンをちょっと取り落とした時。
彼女ははっとして、私が前に居ることに驚くのですわ。
そして少しの間、何か考える様子になると、にこやかにこう言いました。
「……あの方が戻ってきましたので、今日は楽しかったのですが、お開きに致しましょう。またいらしてくださいます?」
「ええ、ぜひ」
実際彼女と話しているのは楽しかった。ぜひまたこんな時間を取りたいと思った。
「それでは、私からの友情の印として、これを……」
彼女は自分の首からロケットを外すと、私に掛けてくれた。
「ちゃんとしまい込んでくださらなくちゃ嫌ぁよ」
そう言って小首を傾げる様は、とても可愛らしかったのです。
そして待たせておいた馬車まで私を送ってくださり――考えてみれば、そこですらメイドが居なかったんですわ。
彼女は馬車に乗る私に握手を求めてきました。
何かが手の中に入っているのに気付きました。
「ではごきげんよう」
そういう彼女に手を振り、私は家に戻りました。
ところが家に戻って、その手の中に入っていたものと、ロケットの中身を見て、私は驚きました。
彼女が手の中に渡してきたのは、刺繍をしたハンカチ。
そしてロケットの中には、「ありがとう、さようなら」とありましたの。
私は慌てて戻ってきた夫にそれを見せました。
夫は思うところがあったらしく、何やら部下をその家に派遣した様です。
そして私を抱きしめると「下手なことはしなくていいと言ったのに」と安心した様にため息をつきました。
向かった場所は既にもぬけのからだったそうです。
彼女が残したハンカチには、百合の紋章があったので…… もしや、とは思うのですが……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます