25 ウェブル伯爵夫人ポーレットが語る②

 と言うか、そもそもその姑の怒りは、本当は故舅に向かってる訳ですよ。

 何でこんな家になる前に何もできなかったんだ、そういう能力の男が何で自分を娶ろうなんて思えるんだ、何で結婚してくれやがったんだ、……っと、ちょっと口調が。ほほほ。

 一番良かった時期が少女の頃だった、父の膝元で自由にさせてもらった時が一番良かった、っていう女はどんどんこじれて行くものですのよ。

 そう、特にこの姑は、彼女自身の父親が、彼女にとってはもの凄く理想の男だった、というのがありましてね。

 実のところ、商才などは舅の父親同様無かったんですよ。

 だからこそ、父親が死んだ後、きょうだい達によって、大邸宅は売り払われ、それぞれの遺産として分割された訳で。

 だけど何もしなくとも何事もなくやっていた父親の姿しか知らなかった彼女は、どうしても自分の夫の父親がそれより下に見えてしまうんですよ。

 で、それにまた似た自分の夫も、そして自分の息子も苛立たしい。

 彼女はずっとただもう、昔に帰りたいだけなんですよ。

 でもそれは無理でしょう?

 だったら頭を切り替えて、もう今生きている環境でできるだけ楽しく暮らせばいいのに、どうしてもそれができないひとっていうのはいるんですよ。

 何と言いますか。

 頭の中で、その「楽しい」方に行こうとすると、自分の中から「駄目」ともの凄く強い反発とストップがかかるんですの。

 理由は後付けなんですのよ。

 料理の下ごしらえ? 

 そんなことは下働きのすることでしょう?

 ――という気持ちが、きりきりとこの姑の様なひとを縛り付けるんですよ。

 絶対にそういうことをさせまいさせまい、もしさせようとする人が居たら、それが善意であれ悪意であれまず撥ね除けろ、というのが、もう自分の理性とは違うところで存在するんですよね。

 まあ正直そういうひとってのはもの凄く疲れるとは思うんですよね。

 で、あんまり疲れると、そこからもう逃げる訳ですよ。

 考え、っていうか、意識というか。

 ある日その姑は珍しく厨房に来たんですって。

 やっと何か手伝おうとしてくれるのかな、とにこやかな顔を見せた嫁、次の瞬間、何が起きたのか判らなかったんですって。

 嫁は音も無く入ってきた姑が、黒い膨らんだスカートの陰で、包丁を握っていることにも気付かなかったんですよ。

 普段絶対持つ様なひとじゃなかったから。

 思い込みって怖いですわね。

 その手がふらっと上がったかと思うと、自分の前掛けが真っ赤になっていたというんですよ。

 腹を刺されたんです。

 嫁は何が起こったのか判らないまま倒れて、そのまま気を失ってしまったということなんです。

 そしてまた怖いというか辛いというか悲しいというか。

 その嫁が次に起きた時に聞いたのは、姑が子供を刺し殺した後に外で心臓麻痺で死んでいた、ってことなんですよ……

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