理湖のリコリコジンギスカン丼

「これで全員か。じゃあお開き……」

「待てや!」


百合はキャラ作りも忘れて机を叩いた。


「私! 私が残っておるではないか!」


染めた金髪、カラコンのグリーンアイ、大仰な語り口と身振り手振り。この全てを演劇部の役作りの為にやっている百合も根はちょっと喜怒哀楽が振れ易いだけの普通の女の子だ。まぁ部活の為に普段からこんな弾けたことが出来る程度には振り切った生き物ではあるのだが。

そんなクラスメイトや担任にさえ「演劇部が次の劇を始めるたびに誰か分からなくなる」と言われ、風紀委員長の梓から「記載されてる写真で本人確認が取れないとか学生証に対する侮辱」とキレられた彼女にも、ただ一つ一貫していることがある。

それが、


「私のメニューはだな!」

「……」

「……」

「……なんだ」

「いや、お前恋人いねぇだろ」

「失礼な! 私には最愛の理湖りこがおるわ!」

「いや、妹はダメだ」


埼玉カクヨム中等部に所属している義理の妹の理湖を溺愛しているということである。しかも家族愛どころじゃないヤツを。しかも超絶一方通行のヤツを。

理湖は小樽おたる出身の訛りが可愛い小柄な少女である。幼くして両親を亡くし施設暮らしをしていたところ、百合と顔が似ているという理由で義妹になるべく神戸まで養子縁組する壮大な十四年を生きてきた。

今は十分幸せな生活を送っているしバイアスロン部のエースとして活躍している。悩みなんて射撃の正確性とアスリートらしく大飯食らいなのに一向に背が伸びない様子から『戦闘用アンドロイド(動力は核融合)』と言われたり、風紀委員長の梓に「(癒しだから)小さいままでいて」と頭を撫でられたりしてマジギレした程度だ。


「アブノーマルだろうと禁断だろうと片思いだろうとやらせてもらう! 北海道出身で食欲旺盛な理湖ということでな、食らえ必殺『理湖のリコリコジンギスカン丼』!」

「北海道だからジンギスカン、大食いだから丼は分かる」

「理湖ちゃんだから、リコリコ……?」

「もしかしてそれ、面白いと思ってたり、します……?」

「ちゃんと意味があるわ!」


百合は鉄板に油をひいた。温まって来たところでラムの切り落としを取り出す。


「おう、マジにラム肉だぜ」

「サシが綺麗だね」

「人を選ぶとは言いますが……」

「理湖は好物ゆえな。そなたらの好みは無視する」


鉄板でラム肉が音を立てる煙を立てる匂いを立てる。


「おおう! クセのある匂いだぜ!」

「僕は好きだな」

「私はちょっと……」

「北海道に行けばジンギスカンのタレというのがあるそうだが、ここでは流通していないので焼き肉のタレで代用する。そしてこの間に鉄板の端で陶器のカップに入れただな、『第一のリコ』リコッタチーズを溶かしておく」

「あぁ、リコリコは具材の名前だったのか」

「しょうもないギャグじゃなかったんですね」

「そう言うとろうが!」


ラムが焼き上がると丼に米をよそって肉を乗せる。


「こりゃ美味そうだぜ」

「チーズはどうするのさ?」

「チーズソースとして掛けるのだ」

「それはラムがマイルドになって良さそうですね」

「果たしてそうかな?」

「えっ?」


百合は溶けたリコッタチーズに謎のハーブを振り掛けた。


「なんだそいつは」

「これぞ『第二のリコ』リコリスである!」

「リコリス!?」

「リコリスってぇとあの、サルミアッキやタイヤグミに使われてるあの……?」

「ちょっと待って下さい。サルミアッキは知りませんが、タイヤグミってそれ食べ物なんですか?」

「物理的には食べれるらしいよ」

「チーズソースは掛け過ぎると重諄おもくどくなるゆえ、かる〜くな」


控えめにソースを掛けて


「完成であぁる!」

「見た目はこの上なく食欲そそるぜ」

「ラム、タレのニンニク、ソースのリコリス。匂いは結構強いのが混ざって複雑だね」

「茶色の肉の上で白いソースが映えますね」


丼らしく掻き込んでみると、


「こいつはジューシィだ! 米が進むぜ! 焼き肉のタレって大概美味く食える調味料だし、米はいろんなオカズに合うもんだよな!」

「鉄板で肉を焼いているからタレが少し焦げてるのも香ばしいね。第四の香りがプラスされてる」

「リコッタチーズのおかげでクセの強い食材の要素の一つ一つが丸く包まれてますねぇ。リコリスもどうなることやら、と思いましたが、これなら少し漢方っぽいというかエスニックなアクセントになります」

「うむ! この丼のニンニクで精を付けさせて理湖と目眩めくるめく夜を……」



「あなた達! 何してるの!」



唐突に勢いよく家庭科室の戸が開かれた。一人の女子生徒が恐ろしい剣幕で乗り込んでくる。


「げっ! お前は風紀委員長の梓!」

「やっぱりあなたね!? 家庭科室の窓から煙が出てるから火事が起きてるんじゃないかって生徒達が騒いでいるのよ!」

「あぁ、鉄板で肉焼いてたからか」

「それは私の所為せいになるのか?」

「ま、待って下さい! 私達はお料理していただけで……!」

「問答無用! 話は署で聞くわ!」


みっちり反省文を書かされてから洗う鉄板は、なかなかこびり付いた油と焦げが落ちなかったという。

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