紡さんのアーティスティックサラダ

「次鋒! 桃子! 推して参ります!」


桃子が勢いよく立ち上がる。彼女はフェミニンなデカリボン装備ながら割と活発な性格をしている。活発過ぎて日常でもドタバタして先生に怒られるし、部活の剣道の試合でも堪え性が無くすぐカウンターで散っていくし、じっと勉強してられないので全国模試の結果のコメント欄では「名前が漢字で書けて偉いですね」と褒められるくらいのエネルギッシュ少女である。

そんな世人せじんをして「頭の中には中学生男子が四十七人住んでいる」と言わしめ、風紀委員長の梓からは「動物でも『待て』が出来るんだからプライドを持ちなさい」と諭されるも生物学上はれっきとしたヒトの染色体XXである桃子だが、彼女にはカノジョがいる。いわゆる同性カップルというものだ。

そんな彼女のカノジョは、


つむぐさんと言えばやっぱり音楽ですよ!」

「顔じゃねぇか?」

「頭良いよね、カノジョ」

「混血さんなのであろ?」


ギターとボーカルをしていて学校一番の美人で全国模試の順位一桁でイングランド人と香港人の血が入っている桃子より一つ歳上の学校のマドンナである。

その上運動神経抜群で博愛主義、なんなら占いもよく当たると無駄なところまでハイスペックなので風紀委員長の梓から「お願いだから少女漫画の世界に帰ってちょうだい」とクレームが入ったこともある。

男女問わずこの学校の人間の半分は彼女のことを幻覚か何かだと思い、もう半分は羨ましい桃子をケバブにしてやりたいとか思っている。


「というわけで、紡さんイメージの『紡さんのアーティスティックサラダ』をご紹介致しましょう!」

「料理で音に意識を置くとはな。ちょっと思い付かない発想だぜ!」

「サラダって言うとメインじゃない感あるけど、これなら名前を聞くと賑やかでワクワクするね」

「音にこだわって味はお座なり、とは言うまいな?」


桃子はレタスを千切ってボウルに盛る。


「味の方もお任せ下さい! 全てにおいて紡さんの美麗な歌声を再現するべく頑張りましたから!」

「そなたのカノジョは夜も美麗な歌声で鳴くのか?」


「……」

「懲りねぇヤツだな……」


口中にレタスの外側の古い葉を詰められた百合に夏介は胃薬を渡した。


「サラダなので具材を盛っていくのがメインですね。レタス、クルトン、キュウリ、ここまでは普通のサラダですが、更にアクセントとして数の子を加えます」

「サラダで数の子は意外だね」

「そのままや回転寿司以外だと、ママカリ漬けに入ってたりするくらいか?」


桃子は大雑把に数の子を解してからボウルに放り込む。


「ドレッシングはお好みでも良いですが、せっかくなので今回は数の子に合わせて醤油と麺つゆ、そこに少々の油でマイルドにした和風ドレッシングにしてみましょう」


二人が百合に詰められたレタスに腐っている部分がないか検分したりしている内に、桃子はドレッシングの配合を終えた。

そして、


「最後にペッパーミルを挽いて完成です!」

「食う前からミルを挽く音のハーモニー、考えられてるぜ」

「緑の野菜に黄金色の数の子が映えるね」

「お腹壊したらどうしてくれるのだ!」


せっかくなので全部の具材を一まとめに口へ運ぶと、


「レタスはシャキシャキ、クルトンはザクザク、キュウリがポリポリ、数の子もプチプチで、いろんな音が頭蓋に響くぜ! 咀嚼音ってのは他人にゃ聞かせたくねぇもんだが、自分で自分のを聞く分にはこりゃバラエティ豊かで面白ぇな!」

「頭蓋に響くってなんか美味しくなさそうなワードセンスだなぁ」

「うむ! 数の子用の醤油と麺つゆドレッシングだが、野菜にもしっかり馴染むな。エラい! その上で油が入っているからこの二つでは覆い切れん野菜の青味あおみも丸く包み込まれておるのだな!」

「お粗末さまです。キュウリはオイキムチみたいに乱切りでも食感が出ますが、やっぱり他の具材と一緒に噛むことを考えると厚めの小口切りくらいがちょうど良いですね」

「キュウリと言えば、昔イギリス人にとってキュウリは貴族だけが口に出来る高級食材だったとか。イングランド人でもあるそなたのカノジョの気品を讃える具材でもあるのだな」

「まぁ紡さんはキュウリ食べないんですけどね」

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