第21話 腕と足に爆弾を抱えたマーズでどこまで抗えるか

 最前線の司令部とは一〇二式指揮通信車の異名である。

 前線の戦場に身を置き、現地での情報収集と分析を行い、最適の判断を下す。

 最先端技術の粋を集めた電子機器の脳。

 八輪のタイヤを備えた足回りは実に最高時速百二十キロ。

 電子戦においても走破性脳においても世界でトップレベルの性能を持つ陸上自衛隊が誇る最新鋭・装輪装甲車である。


「信じられん数値だ」

「全くです」


 一〇二式の指揮通信室に設置されたモニターには小隊各機の装甲機兵アーマードマシナリーのデータがリアルタイムにモニタリングされている。

 五機のメルクリウスと天宮悠が乗るマーズの機体を表すCGは警告色である赤一色で彩られており、注意を喚起する電子音声が絶えず、流されていた。


 両手足だけではない。

 背部や脚部に装備された推進装置スラスターまでもが漏れなく、警告表示が出ているのだ。

 特に酷いのは天宮機のマーズである。

 両手足の損傷具合は致命的と呼べるレベルでいつ機能停止するかも分からない。

 その時だった。


「隊長! これは……ジャミングです」

「クソ! こんな時に幽霊ガイストか」


 画面一面が激しい砂嵐のような映像に覆い尽くされていた。

 高ランクの怪異現れるところ、必ず出現する漆黒の装甲機兵アーマードマシナリー

 通称黒い幽霊シュヴァルツガイスト

 コードネームは冥府の女王プロセルピナ。

 再び、その出現が確認されたのである。




「お月様か」


 三機の敵性マーズを屠った悠は目線をふと上に向けた。

 月が顔を覗かせていた。

 彼は月の銀色の優しい光に不思議な安堵感を抱いていた。

 見ていると気分が落ち着いてくるのは気のせいではないとすら感じていたのだ。


(おっと、落ち着きすぎか。まだ、戦いは終わってないんだ)


 しかし、機体に無茶をさせ過ぎたせいか、悠のマーズは腕と足から、変な色の煙が上がっていた。

 火花も散っており、相当に酷いダメージを負っていると素人目にも分かる状態だった。


「これはまずいか」


 悠は感覚的に大きな悪意の塊が動き始めたことを悟った。

 彼の中には恐らくはお化け百足が動き出したとみて、間違いないという確信があった。

 撃ち抜かれた触覚は片側だけに過ぎない。

 一本になったとはいえ、触覚による操る能力は未だ、健在の可能性が高い。

 残った四機の敵性マーズも同時に動かしてくるだろう。


 以前として、状況は最悪のままだった。

 腕と足に爆弾を抱えたマーズでどこまで抗えるだろうか、と悠は思案に耽った。

 マーズには標準装備の飛び道具・リニアライフルがある。

 悠のマーズにもハンドレールガンが装備されているが、使える状況になかった。

 満身創痍の状態で撃てば、反動で腕が吹き飛ぶ可能性が高かったのだ。

 リニアライフルとハンドレールガンでは射程距離でも遥かに劣っている。


 機体に無理をさせたので弾丸を切り払うという芸当も既に不可能だった。

 攻撃に転じるのも無理。

 防御に徹するのも無理。


(さて、どうするか? 考えても無駄か。元々、考えるのは好きじゃないんだ。やれるだけ、やってやるさ!)


 悠は下手に考えを巡らすのをやめた。

 元より、考えてから動くのは苦手だったことに気付いたのだ。


「マーズ! お前の力はこんなものか!」


 応えるように永遠なる機関エテルネル・モトゥールが唸りを上げる。

 各部にパワーが伝達されていくのが手に取るように分かる。

 まるで自分の体のように分かるということに悠ははたと気付いた。

 だから、知ってしまったのだ。

 思い切り、動けるのは一度だけだということを……。


「厳しいな」


 最小限の力で出来るだけ、負荷がかからないように動き、リニアライフルの弾丸を避ける。

 それは思っている以上に厳しい芸当だった。

 どうしても避け切れずに無理をさせた結果、左足のアクチュエーターが逝ってしまった。

 悠のマーズの左足から、黒煙が上がり、片膝をつかざるを得ない状況に陥った。


「こりゃ、まずいよな」


 動けなくなった機体を見逃してくれるほど、相手は優しくないだろう。

 合理的に判断するAIじゃなくても見逃してくれないだろうとも悠ははっきりと感じていた。

 自分を目掛け、飛来してくる四つの超音速の弾丸を感じる。

 どうするか。

 最後の力を振り絞って、切り払えば、二つは処理が可能だろう。

 だが、その場合、腕は使い物にならなくなり、残り二つでアウトになる。

 どうすればいいのかと必死に考えるが悠は答えを出せなかった。


「チェックメイトかよ」


 相手は最先端のAIである以上、容赦なく、コックピットを狙って、撃ってきているだろう。

 有人機を相手に戦闘力を排除するなら、頭や手足を狙うよりもその方が効果的なことは明らかだからだ。


「何だ!?」


 その時、悠の目の前に八つの小さな影が現れた。

 音もなく、宙に浮かんでいる。

 夜の闇に溶け込んでしまいそうな真っ黒な物体だった。

 一メートル以上はあるだろうか。

 形状は短剣のマンゴーシュに似ているが、何よりも不思議なのは推進機関に相当するものが見当たらないのに宙に浮いていることだった。


 しかし、さらに驚くべきことが起きた。

 マンゴーシュもどきの先端から、眩いばかりの白い閃光が放出されたのだ。

 それが悠を狙っていた弾丸を全て、撃ち払っていく。

 絶えず、高速で動きながら、正確に撃ち抜いていき、爆散した弾丸の花が宙に咲いていた。


「助けてくれたのか?」


 動きも取れず、頭も軽く混乱している悠だったが、それだけは理解していた。

 蛸と戦っていた時も黒いヤツが助けてくれた、ということを……。


(まさか、そうなのか?)


 悠が再び、ふと天を見上げると優しい光で見守る月をバックに墨を撒いたように闇よりも昏いモノが浮かんでいた。

 昏いモノ――漆黒のドラゴンは悠を見据えていた。


 正確にはドラゴンのような姿をした鋼鉄の機械仕掛けだった。

 その背からは悪魔を思わせる血のように紅い色をした大きな翼が生えている。

 しかし、不思議なことに悠は何の恐怖も感じていなかった。

 ドラゴンの周囲に浮かぶ小さな影は自分を弾丸から、守ってくれたマンゴーシュもどきだったからだ。

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