第4話 僕の平凡な日常が崩れていく
旧世紀の時代、産業革命と呼ばれる大きな変革があった。
しかし、いいことばかりではないのが、世の常である。
怪異は都市伝説として知られる『人面犬』や『トイレの花子さん』のように攻撃性が高くないものから、『口裂け女』や『赤マント』のように命を取られる危険なものまでが存在している。
それでも怪異の絶対数は人口に比せば、大したものではなかった。
危険視されている怪異による犠牲者数が急激に増えるという事態はどこの政府も想定していなかったのだ。
ところが世界各地で不可解な症状を発症する謎の奇病の犠牲者の数がうなぎ登りに増えたのである。
『無気力症候群』と名付けられたこれらの患者は常に寝ていなければならなくなるほど衰弱し、いかなる意思も表さなくなるのが特徴だ。
ある者が彼らを評した『まるで魂を抜かれたようだ』という言葉が全てを物語っている。
それと同時に『神隠し』も多発していた。
ある日、それまで普通に暮らしていた者が何の前触れもなく、痕跡一つ残さず、消える。
各国の首脳陣は頭を抱えながらも対策を取れないまま、無為な時が過ぎていった。
そんな中、『無気力症候群』と『神隠し』の右肩上がりの放物線と全く、同じ軌跡を描く事象が存在することに気付いた者達がいた。
彼らは危険性を世に訴え出る前に次々と不審な死を遂げていく。
多くの命を吸い、世界に生まれていく存在。
その名は
百合愛に気を取られた悠は大事なことを見落としていたと今更のように気付いた。
自分の右隣に完全な空きスペースがあることに……。
他者とあまり、関わらない学生生活を送りたいと願う悠にとって、空きスペースはうってつけの環境だったのだ。
それがいつの間にか、新しい机と椅子が用意されていた。
悠は全く、気付かなかったと言わんばかりに首を捻っている。
心中、受けたショックがあまりに大きく、心ここに在らずといった彼の様子を他所に転校生の自己紹介が始まる。
「
話を聞いてない悠が例外中の例外であり、多くの生徒が男女を問わず、転校生に興味津々な態度を隠そうともしていない。
ようやく、最低限は名前だけでも覚えておかなくてはいけないと思い立った悠が現実に戻ってきた。
しかし、悠の隣に座る少女は同じように周囲との間に壁を作り、他者を寄せ付けないオーラを静かに全身から、立ち昇らせているが動揺している素振りは見せない。
まるで動じていないのだ。
転校生など、存在しないものであるかのように手にした文庫本に目を通し続けていた。
彼女は魔法でも使っているのだろうか。
悠がそんな疑いを抱くほど、百合愛のペースは崩れる気配が無い。
転校生は女子生徒だ。
それも男子が色めき立つような美少女である。
西洋の血が混じっているのか、どことなく、エキゾチックな顔立ちはまるでアイドル顔負けというくらいに整っていた。
窓から、時折入ってくる風でたなびく長い髪はきれいなストレートヘアだが、日本人ではまず、ありえない色をしている。
光線の加減によって、薄い桃色にも見えるブロンド――ストロベリーブロンドなのだ。
悠はざわつく、クラスメイトの様子に面倒事に巻き込まれる地獄絵図の未来を垣間見て、背筋を冷や汗が伝った。
その為、隣席の普段、無表情を保つ少女が自分の方を向いて、薄っすらと微笑みを浮かべていることにも気付かなかった。
悠は降りかかる可能性が高い目前の災厄を分析することに集中していたのだ。
弾むように喋る様子はどこか、芝居がかっており、悪く言えば、あざといと感じを与えるものに見えた。
彼は転校生の少女が明るく、溌溂とした性格と印象付けたいのだろうと判断した。
大きな目の中で宝石のようにキラキラと輝く、瑠璃色の瞳が異性だけでなく、同性も惹きつける魅力に溢れている。
そう思わせようとしているのだとも結論付け、冷めた視線を向ける悠とその隣で黙々と本を読み耽る百合愛は教室を包む熱気とは無縁だった。
転校生――勇奈に熱を帯びた視線を送る大多数の男子の中には木田の姿もあった。
瑞希が『ぐぬぬぬ』と低い唸り声を上げ、目に怒気を含みながら、木田を睨みつけていたが視線を向けられている当の本人はまるで気付いていない。
そんなクラスの喧騒を他所に悠は勇奈を値踏みするように観察していた。
(おまけにポイントが高いのは小柄な割に出ているところが出ているとこ……)
客観的な視点で勇奈の丸みを帯びた魅力的な体を断じようとした悠だが、不意に寒気を感じ、肩を竦める。
何かを感じたのか、窓際の隣席へと視線をやるが、そこには気怠そうな表情で窓の外を眺めている百合愛の姿があるだけだった。
気のせいに過ぎなかった。
怪異がはびこる世界で何が起こってもおかしくない。
そう考えると気が楽になった気がした悠だったが、目の前に立った勇奈の言葉によって、奈落の底に突き落とされた気分に陥るのだった。
「席はここですねっ。よろしくお願いしまぁす」
小首を傾げながら、甘ったるい喋り方をする新たなクラスメイト・勇奈は悠の右隣に用意された席の主だったのだ。
澄んだ青空が一気に雨雲に覆われたかのように……。
悠の平凡な日常は崩れていくのだった。
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