第2話 中小商いギルドユニオン

 そこは慌ただしく、また非常に多様性に富んだ場所である。

 人間もいればビーステア(獣人族の総称)や翼人、鱗持つリザードたちに一見して人間であるがそこはかとなく血の臭いのする色白の者たち。とにかく多種多様な種族の者たちが忙しなく歩き回り、アリのように生真面目に己の仕事に従事していた。

 開けた空間の各所に山積みの紙束、それらを机で処理しては別な山を作る事務員。端の一角には紙束に負けないくらいの大量多種多様の品々が種類や運び先に合わせて分類され、それを忙しく外へ内へと持っていく者たちは利便性を考え専用の通路を利用していた。

 そのような熱気とやる気の溢れる空間に、大きく開かれたままの扉を前にして私は少しばかり入ることを躊躇する。

 別に怖いとか緊張するというわけではなく、単純にこの暑苦しさは可憐なるこの身に少々耐え難い何かを感じさせるのである。

「お、来たな」

 そんなこちらの気持ちもお構いなしに、何やら熱心にガタイの良い大男と話し込んでいたエルラントがこちらに気づいて手招きしてきた。

 彼のいる場所は決まってこの広間の中心、背後に大量の紙が殴りつけるように張られた掲示板の前である。この掲示板の張替え作業はエルラントの雇った数人の専属たちが行っているのだが、誰も彼も寝不足なのか疲労なのか目の下にクマが出来ているように見えた。

「それで、私に作って欲しいものって何?」

 単刀直入に本題へ切り込む。

 このような不健康そうな顔の者たちが集まる場所に長居するのは体に良くない気がする。

 そんな私の気持ちなど、やはりエルラントはお構いなしなわけだが。

「まあ、そう焦るな。その前に一つ話しておきたいこともあってな」

「話なんか休憩時間にでも内に来て言えばいいだろー。私は錬金術の仕事が貰えると思ってきたんだぞ」

「その錬金術に関係する事なんだが……、よくよく考えりゃお前にはあんまし関係ないかもしれないな」

「お? それは喧嘩を売っている顔だな? そこまで言うなら是非聞こうじゃないか!」

 唐突な哀れむような目に私の心はイラりとする。

 何を知っての発言かは知らないが、錬金術の事で関係が無いと言われるのは心外にも程があるというもの。これは一種の宣戦布告であると捉えて良い宣言だろう。

 いささかならぬ腹立たしさであるが、我慢を知る私は取り敢えずは先を聞くことにする。

「まあ単刀直入に言うと、この町に初めて錬金術師が来る」

「ここにいるが?」

「お前みたいななんちゃってじゃない大物だ」

 そう喧嘩を売りながら見せてきたのは、ゴチャゴチャと宣伝文句の掛かれたチラシである。

 簡単に言えば“有名な国家錬金術師さまが来てやるから、期待して待っていろ”というものだ。

 私は胡乱気な視線を目の前の男に向ける。

「こんなのを信じるのか?」

 国家錬金術師と言えばエリートの中のエリート。

 大都市の国立学校で切磋琢磨し、友すらをも踏み台にして生存競争を勝ち抜いた一部の選ばれた者たちが名乗る事を許される名誉に輝く称号である。

 そんな大物がこんな田舎の港町にやってくるというのは俄かには信じ硬い。

「俺も目を疑ったよ。だが、かの大商会さまが手引きしたそうだから、おそらく本物だ」

「大商会さまも欺く稀代のペテン師であるほうが、私はあり得ると思うけどね」

「それならそれで、俺たちにとっちゃ大助かりだ」

「性格の悪い事で」

「良い人ってだけじゃ商売はできないからな。お前も良く覚えとけよ」

「大の大人が“いたいけ”な娘を悪の道へ誘うんじゃない」

 そうは言うも、エルラントの言う事も理解できないわけではない。

 そもそもこの場所中心とする相互連携組織、中小商いギルドユニオンは世に巨大な力を持つ商会たちへ対抗するために作られた組織である。

 相手は名だたる大企業が中心となって立ち上げた経済力の化物。田舎の一商店の棚に並ぶ物など、その圧倒的な情報網と流通システムからなる豊富な商品と、大量生産による低価格の品々を前には比べるまでもない。

 薄情な客たちはあっと言う間に取られて潰れるか、背に腹は代えられぬと商会に頭を下げて下っ端として加わるかの二つに一つというわけだ。

 現に、そのようにして制圧された市場の数は世界に数知れない。

 この港町フリージスの者たちはこれに反旗を翻した稀有な例と言えよう。

 町の中の組合、漁業組合や木工職人組合、農業組合や狩人団体など互いに互いの領域を不可侵としていた者たちの間に橋を渡し、円滑な調達や流通網の拡大、各商店で使用する機材の修繕や改修などを円滑に行えるようにしたのである。

 これが前身であり、二代目の取り纏め役であるエルラントにより中小商いギルドユニオンという組織が正式に発足したのだ。

 このエルラントという男は中々に強かであり、商会とも取引を行っている。

 敵情視察の目的もあるが、本人曰く「俺たちが生き残るなら相手の得手を見極めて被らないようにするのが最善だ」という事らしい。

 そんな単純な物かと思わなくはないが、上手くいっているところを見ると世の中は思っていたよりも単純なようである。

「話は分かった。でも、どうして私と関係ないという判断になるのか説明して欲しい」

「ん? だってお前って錬金術って言っても、それらしい仕事してないだろ。魚の餌とか、ガキたちの好きそうなお菓子とか、というもんばっかり作ってるじゃねーか」

「ぐっ、それは皆が錬金術らしい依頼をしてくれないからだろー! 私だって出来る事ならミスリル青鋼とか、浮遊石とか、そういうの作ってみたいよ!」

「でもお前、そういうの作れねーじゃん」

「レシピが分かんないんだから仕方ないじゃん! というか、素材どころか資料すら満足に無いほぼ手探りで、今もよく頑張っていると褒めて欲しいところだよ!」

「お前、諦めの悪さだけはすげーもんな」

「それは誉め言葉じゃない!」

 私はブーブーと溜まった不満をぶつけてやる。

 周囲はと言えば、またいつものやつかと私たちに一瞥をくれた後は仕事に戻っていた。なんと薄情な連中だろう。

 わかったわかった、と何も分かっていないエルラントが私を宥める。

「それで仕事の件だが――」

 エルラントはそこで一度区切り、私から視線を外す。嫌な予感がした。

「漁師連中がなんか、大物を釣り上げたいから新しいタイプの餌を作ってほしいそうだ」

「またか! また魚の餌か!」

 ああそうさ、わかっていたさ。

 どうせそんな依頼であろうことは、これまでの経験から分かり切っていた事だ。

「報酬はこんくらいだな」

 怒る私にエルラントは更なる燃料を投入する。

 彼が立てた指の数は三本、それから五本。私は思わず「は?」と声を上げてしまった。

「え、待って。冗談でしょ?」

「いいや、冗談じゃない」

「たった350アグニ……?」

「俺も頑張ってみたんだが、奴さんたち頑なにこれ以上は出せないって言っていてな」

 愕然とする私に、この日初めてエルラントが申し訳なさそうに眉尻を下げた。その顔を見るに交渉してくれていたのは事実のようである。

「俺としては、これは断っていいとも思う。いくら何でも内容に対して安すぎだ。……だが漁師たちも厳しい懐事情があるみたいでな。そこを考えて何とかしてやって欲しいとも思うんだ」

 確かに、最近は不漁続きな一方で船の損傷は激しく修繕費がかさんでいると噂に聞く。

 どうにも売り物にもならない魔物たちがいつも使っている漁場で増加しており、対策などに手を焼いているわりに一向に改善の兆しは無い。それで新しい漁場を開拓するべく船を出しているのだが、今度は今の餌では食いつきが悪くてまともに捕れないというのが依頼の理由らしい。

「えぇ……でも、これはちょっと流石に…………」

 理由は分かった。困っているのも理解した。しかし流石にこの報酬量では生活ができない。

 私が普段提供している餌は250アグニだが、これは既にレシピも安価に作る方法も分かっているからこそ我慢出来ていた価格である。

 たった100アグニ、鶏の卵たった二つ分を上乗せされた程度では新レシピ開拓の素材代すら補えない。これで仕事をしようものなら完全に赤字だ。

 懐事情の宜しくない私にとっては一種の自殺行為と言っても過言ではない。

 ゆえに冷静になって考えれば答えは一つなのである。

 僅かな時間の間における思考で思い至った私は、フッと悟ったような顔を作った。

 私の工房は別にユニオンに属しているわけではないし、度々ここへ来るのも多少なりとも金になる仕事を探す為。慈善事業などは都合の良いお人好しに任せればよいのだ。

「わかった、何とかしてみる」

 そんなお人好したる私は、堂々と地獄に足を踏み入れてしまうのだった。

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