烈風の日々

ぱのらま

プロローグ 風のドラグーン

竜騎士とよばれた男

 しがない漁師のオッサンとして、このまま暮らしていたい。

かつて『竜騎士』とよばれた男の最後の願いはかないそうにない。


「スローライフだ~! 俺はゆったりと暮らしたい。

時間なんぞ気にもかけずに、ただ……、気の合うやつらと好きな時に魚を釣ったり、

こころゆくまで酒をあおったりしたいんじゃ~」

オッサンは船の上で叫んだ。


  オッサンの名は、ロックフェルト・オーシャン。

ロックスとでも、呼んでくれ!!



「今日も大漁だったな、ドラッケン!」

ロックスは釣り竿やあみを片付けながら相棒につぶやいた。

細身だが筋肉質な体つきをした中年だ。長年、海の男として生きてきた。

黒い髪は短く、日焼けした肌は浅黒い。


「天候のよい海は最高だった。さて、酒でも飲みに行くか。

浜辺の店にかわいいエルフのねえちゃんがバイトに入っていたぞ」

漁師仲間のドラッケンは答えた。

のっそりとしているが強そうで動物にたとえると牛のような雰囲気の中年だ。

ドラッケンは自称・剣の達人ソードマスターだ、

酒を飲んでほろ酔いになると、いつもそう名乗っていた。

誰も彼が剣を振るっている姿を知らないが、「マスター」と呼んだ。

港町で酒の立ち飲み屋を経営していたので、確かに店主マスターとは呼ばれていた。


「よっしゃ、行くぞ。俺はエルフよりオークのねえちゃんのほうが好みだけどな。おっ、おいっ、ドラッケン。空が急に暗いな?」


 舟をつないで陸へあががろうとした……その時、

轟音ごうおんとともに雷鳴が走り、空は真っ暗になる。

さきほどまで、おだやかだった波も荒れ狂った。


 浜辺にひとり見なれない者がゆっくりと歩いてきた。

遠浅の海岸は砂浜になっていたが、足跡ひとつ残らない。

近づいてくるのは……美しい女だ。

き通るような美人というたとえではなく、

その人は透明に近い淡い姿をしていた。

幻影か……すくなくとも人間ではない。


(精霊の島エレメンタルアイランドに敵が近づいてます……

我々の時空障壁バリアーが破られるのも時間の問題でしょう)


言葉ではない、頭のなかに直接、かたりかけてきた。



「ちっ、酒盛りはおあずけだ。ついてないぜ、

もう一回、舟をだせ。出るぞ!」

ロックスは、嵐の夜にもかかわらず仲間たちと船を出した。


 彼らが向かったのは、ここウォースター半島から少しはなれた小さな島だ。

その島は、『精霊の島エレメンタルアイランド』とよばれていた。

ロックスたちの船は、嵐のなかを進んでいった。




 漁師仲間のひとりがさけんだ。

「なんだ、島のほうにものすごい数の船がみえる。

旗印からしてギルガンド王国の船団だ!!」


軍艦バトルシップだけでも三十隻はいるぞ。ほかの船は輸送船だな」

遠目のきくドラッケンが言った。


「輸送船か、兵士を運んでいるのだろう。やはり上陸するつもりか。

とにかく島があぶない、急ごう! 」とロックス。


「うっ、あれは……」船を漕いでいた漁師の一人が叫んだ。

 

「上空に巨大な鳥のような集団が見えるぞ、なんだ??」


 鳥にしては大きい、蝙蝠コウモリのような形の翼をした怪物が列に並んで飛んでいく。



 大海原おおうなばらにあって目立つような島ではない。

人口もわずか、集落がひとつあるだけで、一年をとおして気候はよく、島のあちらこちらで魚がよく釣れるし、精霊と人間が共存していた。


 その島は、精霊の島エレメンタルアイランドとよばれていた。

この島は、小さいけれど豊かで平和な島だった。


 しかし……数日前。


 島には時空障壁バリアーが張られていて、結界のようによそものの侵入を防いでいたのだが、突如、何者かの強い魔力介入エナジーアタックによってそれはやぶられてしまった。


精霊の島エレメンタルアイランドで見張りをしていた住民があわてて報告に走ってきた。

落ち着いた様子で島の警備隊長がたずねる。「海賊でも来たのか?」


「ちがう、海賊なんかじゃない……飛竜ワイバーンだ!」

「ばかな……そんなものがいるのか?!」


 島の警備隊が急いで配置に着く。平和な島だった、警備隊といっても兵力にして

わずかに五十人程度。武装も長槍スピア斧槍ハルバード、防具は木製の盾、鎧は革鎧レザーアーマーくらいだ。



 空を舞っていたのは飛竜ワイバーンだった。


 金属のように固いウロコおおわれた巨大な蜥蜴とかげのような怪物は、長い尻尾とコウモリのような大きな翼をもっている。

 その背中にはハガネで作られたカブトヨロイをまとった騎士が乗っていた。

左手で手綱たづなを持ち、右手には長い騎兵槍ランスかまえていた。


 たった一組でも無敵に近い戦闘力をほこる竜騎士たちが群れをなして島を襲った。

空中から急降下してくる竜騎士たちに、島の人々は逃げまどうことしかできない。


 島に住む勇敢な青年たちはふだんは狩りにつかう弓矢を構えて応戦した。

しかし、飛竜騎士の速さにはまったくかすりもしない。


「あんな化け物、俺たちじゃ歯が立たないぞ。精霊使いたちを呼んでこい」


「アルメリア様にお願いするしかない、このままじゃ……島が……ほろんじまう」


 島の住人たちは森や林に身をかくしたり、家屋のなかへ入って窓や扉を閉じた。


「やつらの狙いは、島にかくされているというあれか?!」


……か。あんなものを預かるから」


 島の人々は空を見上げながら口々になげくことしかできなかった。



 群雄割拠ぐんゆうかっきょのこの世界、野心を抱くものは数多く、ギルガンド王もまた、そのひとり。

 大陸の半島部、その南方に位置する砂漠の国ギルガンド王国、

その国の王は魔導師でもあって、いずれは半島全土を手中にしたいという野心をいだいていた。


「古代帝国の秘宝、まさか……あのようなちっぽけな孤島にかくしていたとは。

全船団と飛竜騎士団ワイバーンライダーズを派遣、

精霊の島エレメンタルアイランドを焼きつくしてでもあぶり出すのじゃ!」


 こうして、ギルガンドの飛竜騎士団ワイバーンライダーズは作戦に投入された。

飛竜騎士団ワイバーンライダーズを率いるのは、キィル・ギィースという将軍であった。

砂漠の殺し屋と異名をとった傭兵から成りあがって今の地位についた歴戦の男だ。

キィル・ギィースは、まだ二十歳になったばかりであったが、堂々とした態度と冷静なふるまいをみるとずっと年上にみえるだろう。


 配下の飛竜騎士ワイバーンライダーズたちは、ギルガンドの騎士階級の者たちで、板金鎧プレートアーマー鉄兜ヘルム騎兵槍ランスを装備している。

 飛竜ワイバーンは、現在、ギルガンド王国には二十頭がいた。

金属のように固いウロコおおわれた巨大な蜥蜴のようなその怪物は長い尻尾とコウモリのような大きな翼をしている。

 ドラゴンのようなブレス攻撃はないが、強靭な爪や噛みつき、長い尻尾による打撃などは通常の人間程度なら一撃で破壊する。


 ギルガンド軍の攻撃で島のあちらこちらに被害がでた。

見張りの櫓は真っ二つに折れてしまい、いくつもの家屋が燃えた。

大切な食糧を備蓄していた倉庫も焼けた。



「化け物だ~、助けてくれ」島の人々が逃げ惑う。


「慌ててはいけません。侵略は私たちがくい止めます」

 凛とした声で誰かが言った。髪の長い女性で、衣服や飾り物の様子からみて精霊使いのようだ。


「あっ、アルメリアさま」

 島の人々がすこし落ち着きを取りもどす。その女性は信頼されているようだ。


「精霊使いたちをほこらのところに集めなさい」アルメリアは指示した。

 島民たちは急いで走っていった。



 島の中央にあるほこらのまわりに、精霊使いたちが集まってきた。

呪文の詠唱がはじまる。

精霊使いの長を中心として五人の精霊使いが円陣を組むようにして並んだ。


 集合魔法だった。これからり行う儀式は、ひとりの精霊使いだけでは足りないほどの魔力が必要なのだ。


 波もないところから、いくつもの泡がボコボコとき出しはじめた。


 しばらくすると、海面を割って何かが現れた。

しだいに大きくなって、まるで小さな島がひとつ浮き上がってきたようにみえた。


 海に住むものたちのなかで、これほどまでに巨大なものがいたのか。

それを見た者たちは口々に叫んだ。「水の大精霊だ!!」


 くじらのような巨体、するどいとげ。長い触手が何本もあり鋭利な爪で切りく。

「うわー、なんだ? この触手は」

巨大な触手が、攻めて来たギルガンドの船をぐるりと巻き込むとそのまま海の中へ引きこんでしまう。


 水の大精霊の活躍で形勢を逆転できるとみえたのだが、飛来して来たギルガンド軍の飛竜騎士団による絨毯じゅうたん攻撃がはじまった。


「われら飛竜騎士団の力、見せる時だ!! かかれ!!」

キィル・ギィース将軍のるワイバーンを先頭にして、連続してくり返される飛竜ワイバーンたちの急降下攻撃。


 何本もあった触手が次々と千切ちぎれとび、水の大精霊がにぶい悲鳴をあげていた。

 巨大な烏賊イカのような怪物モンスターが苦しまぎれに浮かび上がった。


「あれは海怪物クラーケン……なのか。相手にとって不足なし。

必殺の隊形攻撃フォーメーションアタックをかける、タイミングをはずすなよ。くらえ、デスクロスだ!!」

 そこへ飛竜ワイバーンたちの容赦のない攻撃が集中した。

水の大精霊をめがけて縦方向から五匹のワイバーンが、そして、横方向からもさらに五匹が連続攻撃、巨大な烏賊イカのような姿が十文字に切り裂かれた。

「ざまあないな、スルメにでもして食ってやるか」キィル・ギィースは笑った。


 もはや、水の大精霊は反撃するどころか、耐えていることもままならない様子だ。

おおきな飛沫しぶきをあげるとその巨体がゆっくりと海面へと消えていく。


「水の大精霊が沈む……」

精霊使いたちは愕然がくぜんとしながら力尽きるまで戦い続けた偉大なエレメンタルの最期を見送った。



「このまま島を明け渡すことはなりません……竜のほこらまいります」

精霊使いの女・アルメリアが言った。


「なりませぬ。竜を乗り手がないまま開放すれば……

どうなりますやら、制御コントロールがないまま空にはなちましても、

あれだけの数の飛竜ワイバーンどもにかないますまい」

島民たちは引き止めようとする。


「このまま黙って指をくわえていろ……というのですか」

アルメリアは、竜のはこらへ歩いていった。


 木立こだちのなかを進むと大きな滝があり、すぐそばに石造りの扉があった。

アルメリアは呪文をつぶやきながら近寄る。ぎしぎしと音をたてながら扉が開いた。


 扉の向こうには洞窟があり、ひんやりとした空気がただよっていた。

石でできた階段を下りていくアルメリア。洞窟の中は薄暗く、持ってきていたランタンに火をともした。


「ここに来るのは何年ぶりでしょう。

前に封印の儀をり行った時、二度とここを開けることがないとよいのにと思ったものですが……」


 石や煉瓦レンガが積み重なった簡素だが神殿のような構造物が見えた。


 そこに何かが横たわっていた。

生命力にあふれていた。動かないけれど、生きていることはよくわかる。

かすかに息をしている、眠っているのだ。

しかも、ふつうの眠りではない。魔法でもかかっているのだろう。


「この子を起こしたくはありませんね。このまま眠らせておいてあげたい」

アルメリアがそうつぶやきながら幼竜の顔をみつめていると、後方になにかの気配けはいを感じた。



「よっ、アルメリア!  俺だ……ロックスだ。待たせたな!」

しがない漁師のオッサンが立っていた。

 いや、ちがう。そこにあったのは長年夢見たスローライフをって、

また戦場に舞い戻ってきた戦う騎士の表情かおだった。


「ロックス、なぜ……来たのです」







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