第29話 不覚
ストーンは酒場にいた。真昼間から酒をあおった。
「おいおい、若いの、そんなに飲んで大丈夫かい?」
酒場の親父が心配そうに顔をのぞきこんだ。
「金ならある、心配するな。酔ってなどない」
ストーンは金貨の入った革袋を親父の顔の前に見せびらかして飲み続けた。
酔いつぶれて、ふらふらしながら店を出る。すっかり夜だ。小雨が降っていた。
どこかの家屋の
少年時代のストーンが姿を現す。夢を見ているのだ。
「またか……俺は……やっぱりまた守れなかった」
( この子供、俺か……。なぜ、泣いている? )
「大切な子が、連れ去られたんだ」
( 大切な? どんな子だ。金は払えるか? 俺が取り戻してやる )
「あの子だよ。ほら、三つ編みの長い髪の女の子、ピティっていうんだ」
子供が指さす方向をみると、小さな女の子が微笑んでいた。
( ピティ……だと )
ピティちゃん、ピティ……。ストーンは手を伸ばした。届きそうで、届かない。
だんだんと少女の姿は遠くへ行ってしまう。
( ピティ、行かないでくれ~!!)
大声で叫んだつもりがまったく声が出ずにもどかしい思いをする。
もう見えなくなりそうなほど遠くへ行ってしまった。
ここはどこだ? 足元がじゃりじゃりする。波の音が聞こえた、浜辺か。
水平線の向こうに夕陽が沈んでいく、ピティの髪の色は夕陽の色だった。
やっぱりピティなのか?
女の子は振り返ったが、人違いのようだ。
ピティだと思って追いかけたけれどピティではなかった。
夕陽が沈むと、空は暗くなり、すぐに月の光が照らしはじめる。
誰だ……この子は。少女の長い髪は、三つ編みにもしてなければ、夕陽の色でもない、月の光をあびて白銀色に輝いていた。
追いかけようとするが足が動かない。
ハッとして目を覚ますストーン。ひどい寝汗だった。
( ピティ……じゃない、あれは誰だ。そうか、リオン……か )
似たような状況が起こったせいで、夢の中とはいえ、いちばん封印していたかった記憶に触れてしまい混乱していた。
酔って眠っていたけれど、手には金貨が入った革袋を握っていた。ずしりと重い。
( 守りきれなかったとはいえ、俺も十分に戦った。この金貨の分くらいは働いた。リオンのことは忘れよう)
自分に言い訳してみる。
( 相手が悪すぎた。仮にもラグナロクにいた俺が負けるなんて、ありえない話だ。
レントゥ……か、あんな奴が相手ではルカニオスでも勝てるかどうか。
いや、ルカニオスなら負けることはないな。おそらく刺し違えてでも必ず勝つだろう。じゃあ、俺はなんで負けた? なぜ生き延びて、こんなところで生きながらえている?)
「助けられたんだよ……あのリオンという子に。
リオンは、レントゥに頼んだろ? とどめを刺さないで……って」
俺は……助けられたんだ。
あいつは、なぜ、立ち向かえるんだろう。あんなに華奢な体で。
ちっぽけな腕力しかないくせに。それに、あいつは、ほんとは……。
なんで戦うんだ。そうだ、信念だ。
なにかとてつもない信念を持っていることはわかる。
俺には、もう何もない。信念、とてもないな、そんなものは。
そんなもの……何になる。俺は何も信じない。金だけは裏切らない。
希望……か。そんなものを信じて戦ったこともあったかな。
結局、なにも叶わなかったけどな。
「おいっ、兄ちゃん。傭兵の兄ちゃん」
( 誰だ? 先ほどの夢に出て来たこぞうか )
「こぞうではない。俺には、ストーンって名前があるんだ」
( ストーンだと、この俺と同じ名前だ。やはり、おまえは幼い頃の? )
「俺は、あんたの失くしたこころさ」
( そうか。俺のこころか。変な奴だな。で、何の用だ? )
「兄ちゃん、言ったよな。金は払えるか? 俺が取り戻してやる……って。
子どもだと思って払えないことがわかっていて言ったよな。
あんたは、あのレントゥと戦うことが怖いんだ。自分よりもずっと強いとわかっているから。俺は金は払えない、そのかわり、もっと価値のあるものをやる。取り返してくれ!」
少年が話している途中で、その姿が急速に成長していき、青年の姿をさらに越えて、
中年の男の姿に変わった。
おまえは……いや、あなたは……。
「金で動く者は、金以上のものは得られない。
おまえがほんとうにほしいものが金なら、そのまま寝とけ。
こころをなくした振りはもうよせ、仮面をはずして生きろ。
おまえのこころは、ずっとここにあった。
このワシを想い出せたくらいだからな。さらわれたリオンを取り戻せとは言わん。
ほんとうの自分を取り戻してこい。行け、ストーン!」
そのまぼろしは、かつて竜騎士とよばれた男・ロックス。
そして、ストーンの父だ。
――――― 街道沿いの街・ララワグ
小雨はずっと降り続いていた。
ここから、港町ファングまで、馬で走れば一日もかからない。やつの船はまだあの場所にあるだろうか。
レントゥか。竜騎士の末裔レントゥ。
まっ、いいか。あんなやつ。化け物みたいに強いやつ。
そうだ、自分より強いやつとは戦わなければいい。
昔、俺は……自分より強いやつとばかり戦った。ディアビルス伯爵、モンスーン、炎精霊ブロンクス。もうこりごりだ。
俺はそれなりに強い。なにも選んで自分よりも強いやつと戦うこともない
ピティ……、そんな憐れそうな顔で俺を見るな。
リオン……。なぜ、あんなやつの顔が浮かんでくる?
「ちがう。俺は……もう戦わない」
逃げるように街を出ていこうとするストーン。
レントゥ……。あいつに連れられていったということは、あの軍艦の中か。
出港してなければ、まだ漁港に居るな。
どこかで馬を手に入れれば、まだ、まだ?
頭の中でぐるぐると考えながら商店が連なる小路へと歩いていく。
「少し見せてもらえるか」ストーンは武器屋に入っていった。
「ショートソードはあるか?」
「手前の棚にあるだろう、見えないのか」武器屋の主人は頑固そうな男だ。
「俺が探しているのはこんな玩具みたいな剣じゃない」
「若造が、なめているのか」
「なめているのは、てめぇだろう。安物ばかり高そうに並べやがって! おいっ、いわくつきの剣でもいい、奥にないか?」
そういうとストーンは、革袋の金貨を全部ぶちまけた。
「いいだろう。ちょっと待っていな」武器屋は奥のほうへ行ってしまった。
「どうだ? ただの剣じゃないぞ。伝説の騎竜剣とはいかないが、ちょっとした逸品だ、切れ味がちがう。魔法の加護もかかっているから
「よし、そいつをもらおう」
「ほかに何も持ってないようだが、盾とかいらないのか? こんな高価なものを買ってもらったのだ。ただの丸盾でよければ、おまけに付けるがね」
「盾も防具もいらん。前の棚にあった玩具みたい剣を一振りもらっていく。いちばん長いやつはどいつだ?」
「玩具よばわりはやめてくれ、予備の武器くらいにはなるだろ。この剣が長いな、ふつうの
「すまぬ。では、そのロングソードをくれ」
剣を受け取るとストーンは、垂直に立てて柄頭を叩き、振動を確かめていた。斬るのに最適な箇所があり、そこを使えば何人斬っても腕にかかる負担が小さく疲れにくい。もっとも、その部位に当てる腕前が前提なのだが。
武器屋の主人もそのことはよく知っているようだ。
「あんた、いったい、何人と斬り合うつもりなんだね」と顔をしかめた。
武器屋を出ると馬に飛び乗った。
こうやって、馬を駆ってあの港に向かったのはいつのことだったかな。
ちょうど三年前……か。
そうだ、俺は……レントゥと剣を交えた。
あいつは俺より強い。だが、三年前の俺は、自分より強いやつらに負けなかった。
俺はあの頃よりもずっと強くなったはずなのに、なぜ。
狭い船のなかで戦うことを想定して選んだ武装は、ショートソードと長めのロングソード。ロングソードといっても、レントゥの長刀ほどの長さはない。
風のようなスピードこそがストーンの誇れるものだが、刀を構えもせずにそれよりも速いカウンターを出せるレントゥ。
勝てるのか……あのレントゥに。
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