第25話 烈風の傭兵剣士


「何者なの?」思わずリオンは問いかけた。


「ただの流しの傭兵だ」その男はそう名乗った。


「この連中はプロの刺客なの、命が惜しくないなら手助けしてもらえる?」


「強いほうが楽しめる。ただ……殺すだけだ」

そう言うと仮面の男は飛び出して行った。

まるで疾風はやてのような素早い動き、刺客の一人が地面に転がった。

「まずは一人だ」


 続いて二人目の刺客の背後に回り込む傭兵剣士、身の丈ほどもある大剣を振り下ろす。傭兵剣士はまたたく間に二人目の賊を倒した。


 二人目を倒した傭兵剣士の隙をついて、橋の柵を利用して高い位置から襲い掛かる影があった。だが、傭兵剣士は気配で悟っている、背中越しに剣を振ると、飛びかかって来た賊は自重で剣先に深々と突き刺さって果てた。


 その賊はリオンの細剣レイピアを奪った初老の男だった。


「もう失くすんじゃないぜ」

傭兵は大切な剣を取り戻してリオンに渡してくれた。


「ありがとう、これは大切な形見なの」一瞬、泣きそうな笑顔が浮かんだ。


「形見……か」傭兵はうなづいてみせると、すぐに次の敵たちに斬り込んで行った。


リオンも自分のほうに近寄って来た刺客を自慢のレイピアで倒した。周囲にもう追手たちはいない。


「これで全部ね……」

リオンは、ほっとして細剣を帯に収めた。


「まだだ、そこにいる!」

傭兵剣士は、腕に巻いた籠手こてに忍ばせてあった投げナイフを取り出すと、後ろを振り返り、橋の欄干らんかんの陰に向けて投げる。黒ずくめの男が倒れて落ちた。


「まだ居たなんて、全く気配さえも残ってなかったのに」


「確かに気配は消えていた、しかし、殺気までは隠せなかったようだな」

傭兵はそうつぶやいた。


「じゃあな、お嬢ちゃん。気を付けて帰りな!」

傭兵剣士は何もなかったかのように平然として立ち去ろうとした。


「待って……」剣士の背中に向って声をかける。


「……?」彼はゆっくりと振り返った。


「傭兵なんでしょ。あなたを雇えるかしら?」


「今は休業中だが、次の仕事がもうすぐ来る。無理だな」


「どうしても行かなければならない所があるの。護衛してもらえなくって?ねっ、いいでしょ?」


「日にちがかからなければ、まっ、いいだろう」

誰かに呼ばれたような気がして外へ出てきたら、妙な仕事に巻き込まれたと傭兵剣士は思っていた。それよりも、誰かが呼んでいた……その誰かは、この依頼人ではないと直感している。あれは何だったんだろう。声でもない、精神感応テレパシーか、気のせいにしては、とても懐かしくなるような響きであった。


「ありがとう」


「で、依頼内容は、そこへ君を無事に連れて行くことでいいのだな。報酬は金貨二十枚だ。払えるか?」


「いいわ。今、持合わせは少ないから、とりあえず、五枚ね」

リオンは腰に吊るしてあった袋から出した金貨を手渡す。


「すまない。助かる、財布が空だったんだ」


「残りは、現地でね。たどり着けなかったら、払えないから、成功報酬ということになるけど」



「お嬢ちゃんをこんな物騒な夜道に放っておくわけにもいかないからな。金さえ払ってくれれば無謀な依頼でも構わん」


「無謀かもしれないけれど、お金ならある。それと……、お嬢ちゃんじゃなくって、僕は男の子だ!!」


「これは失礼した。暗闇で目が見えにくかった。小柄だし高い声だったので。その剣の腕、女の子にしてはとんだだとは思ったのだが。いや、これは悪かった」

言い訳してみたが、この傭兵剣士は夜目が効く、今夜のように月明りのある夜なら十分に見えていた。


「いいよ。よく間違われるから気にしないけど」

リオンは少し気まずそうな表情を浮かべながら、は余計だろ……と心の中で付け加えていた。


「依頼は、僕をある場所へ連れて行ってほしい。あなたの名前は?」


「俺はストーンだ。傭兵組合の登録証は持っている」

そういうと傭兵は首にぶら下げていた金属プレートのひとつを手に取って見せた。


 それは、この世界の者ならよく見知った剣と槍を組み合わせた絵柄に共通語の文字で『大陸傭兵組合』と彫ってあり、依頼人が傭兵を雇うときに一定の信用度を保証するものであった。

不安そうに震えている依頼人に言うべきではない、傭兵騎士団ラグナロクにいたことは伏せておく、悪名高い噂しかないその名を言うのは相手を脅したい時だけでいい。




「ストーンさんと言ったっけ。まだ、名乗ってなかったよね、僕は……」


言いかけて少し戸惑いながら続ける。「リオン。よろしくね」



「ストーンでいい。孤児だし、生まれた年月も知らなければ、これが本名かどうかも知らぬ。昔のことを思い出そうとしても、霧のようにはっきりしない」


「別に本名の必要はないわ、わたしも……」と言いかけてハッと黙るリオン。


「えっ、君も……って、どうした?」


「あっ、いえ。わたし……じゃない、僕も、記憶なんて、無くなっちゃいたいなっていう冗談を言おうとしただけ」

リオンは引きつらせたような表情で無理に笑った。


「ふーん?あまり、笑えねえ冗談だよな」


「ええ、そうね」苦笑いでごまかしながらリオンは話題を変えた。


「じゃあ、ストーン。その変な仮面は何?」


「ああ、これか。目元にみっともない傷があるんだ。ずっと前に、戦争で怪我をしたのさ」

 強靭な鋼で出来た真紅の鎧・兜、真っ赤な炎が戦場を焦がす、剣と剣の打ち合う響き、弓がしなって風が唸ると、流星の如く天空を舞う矢の群れ。

傭兵剣士・ストーンの脳裏によみがえる戦場の記憶。

 ストーンは、馬上の敵将を迎え撃ったときに、剣でなぎ払われて、傷を受けた時の状況を説明した。


 顔を隠したまま依頼主に怪しがられるのもよくない、ストーンは半透明の黒い仮面を外した。


 リオンは、その青年の眉間のすぐ近くに古傷を見つけた。致命傷になってもおかしくはない箇所だった。命があっただけでもまだ良いほうだろう。

 そして、物騒なこの傭兵剣士の素顔が以外にも素敵だったので動揺するリオン。


 「刺客たちの言葉にリオニアのなまりがあった。沿岸沿いの話し方は似ているが、このスコルの国の言葉とも違った」


「そうなの。僕には違いはわからなかったけど」

そう話すリオンの言葉は典型的な共通語でリオニア王国の出身だろうとすぐにわかる。


「リオニアから来たのか?」


「守秘義務でお願いしたいね。依頼主に余計な詮索はしないで。

僕は、わかった?」


「了解した。金さえもらえればそれでいい。では、俺はなにをすればいい?」


「僕はある人物と落ち合うことになっている。そこまで、無事にたどり着ければ。行き先は、このスコルの都・スカーレットブルク」


「わかった。急ごう、どこかで馬を手に入れたいが、徒歩でも三日はかからない」

リオンとストーンは公都スカーレットブルクへと向けて、街道のはずれを進んだ。

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