第14話 侵入者

 高いがけを登りきったが、ほっとしているひまなどない。


(まだ誰にも見つかった様子はないな。今のうちにどこか入れそうなところはないか)

城内は静寂せいじゃくとしていて、この侵入者を見ていたのは月だけだろう。

青白く照らされた城壁の一角に用水路をみつけたストーンはぎりぎり通りぬけられるくらいのその隙間に体をねじ込んだ。


 着こんであった革鎧レザーアーマーにも水がしみこんでくるが、用水路を通りぬけたおかげで、やかたのすぐそばに出ることができた。

 手近にある窓を調べてみたがどれもしっかりと施錠されていた。

(子どもの頃、こうやってよくレパルと遊んだな。倉庫や古い屋敷に忍びこんだものだ)

 器用に鍵をこわすとそっと窓をはずし城内へと忍び込んだ。


 城の裏手だからと油断しているのだろうか、衛兵がひとり槍を杖のように持ったまま眠そうに突っ立っていた。

 ストーンはそっと忍び寄ると後方から殴りかかって気絶させて、先を急いだ。


 物音に気付いたのだろう、何者か走ってくる気配がする。

思わぬ敵が現れたのだった。黄色の板金鎧プレートアーマーをまとった男たち。『風のすみか』を襲ったやつらと同じ、ギルガンド王国の騎士たちが五人。

 とっさに廊下の反対側へ走るストーン。しかし、向かう先からも複数の足音と鎧のきしむ金属音が聞こえて来た、動きは早くない。


(前方から三人。後ろからは五人、計八人か、まずいなっ!)

武装はすこしずつ違いはあるが、板金鎧プレートアーマーに兜、盾はもっていない、手には両手持ちの幅広剣ブロードソードといったところだ。

通路はそんなに広くはない、取り囲まれるのは時間の問題だ。

数からいって前の三人を倒して進むしかないだろう、後ろの五人に追いつかれるまでに。


 走りながら投げナイフを放ち、前方のひとりのよろいの隙間に命中させる。

騎士はひるんで転倒した。

 剣を抜いたストーンはさらに右側の騎士に斬りかかった。

つづいてその横にいた騎士を剣でぐ。これは牽制けんせいにしかならなかった。

どれも致命傷にならないだろうが、前方に道は開けた。

 だが、その間にも背後から騎士たちが迫ってきていた。

「ちっ、逃げきれないか」ストーンはあせっていた。


 ガシャーン! 何かが割れる大きな音がした。

古びた大きな窓を割って、ものすごい勢いで空気のかたまりが入ってきた。こなごなになった硝子ガラスの破片があちらこちらに飛び散った。

 その勢いにはじかれて、追いかけて来た五人の騎士たちは、ストーンとはまったく別の方向に吹きとぶ。


風精霊シルフィード?」

「だいじょうぶですか、ストーン……」

「俺ならだいじょうぶだ。しかし、どうしてたすけに来てくれたんだ?」

「いつもあなたを見守っていました。私を召還した精霊使い、つまり貴方の母の最後の願いを果たします。前にお話ししたことをおぼえていますか、精霊がむやみに人間の世界に手出しは出来ないということを。

あなたを助けられるのはこれが最後です。これからは自分の力だけで強く生きていくのですよ」

かあさ……いや、風精霊シルフィードさん……」

「ここは私にまかせて行きなさい。この騎士たちは空気の壁の中で封じこめておきましょう。塔の最上階です」

「塔の最上階? そこに……?」

「ピティさんが待っています、早く行ってあげなさい」

「ありがとう、今までありがとう。俺、行きます!」

ストーンは、かけだしていく。


 一目散いちもくさんに塔へと走る。裏側の扉を蹴破けやぶって中へ飛びこむ。廊下の向こうに上へつながる螺旋階段らせんかいだんを見つけた。急いでかけ上るストーン。

しばらく進むと、奥の部屋から、続々あふれ出してくる兵士たち。

「こんなにいるのか。こうしている間にもピティちゃんは……」


 あせりだすストーンは、あたりを見回して突破口をさぐった。煉瓦れんがづくりの壁を見わたすと中二階の窓を見つける。いくら運動神経がすぐれているといっても、そこまでは飛びつけない高さだった。

「えぃ。やるしかない」それでも挑戦するストーン。

ジャンプも届かず、のばした腕は空をつかんだだけで、少年の体は地面にたたきつけられる結果となった。もう風精霊シルフィードの助けはないのだ、なにか方法はないのか。

起き上がると、ナイフを使って煉瓦れんがの隙間に差し込むように足場を作った。二階の窓枠にすがり付きよじ登る。剣の柄でガラスをたたき割り、窓枠をとびこえると中へ入った。持ってきた投げナイフはあと一本しか残っていない、むやみに使えない。ストーンは最上階をめざして走った。


 ディアビルス伯爵は物思いにふけっていた、塔の最上階の一部屋で血のように赤い色の酒を硝子ガラスの器に注ぎながら。彼はまだ下の階にストーンがやってきたことを知らなかった。

 ピティから取りあげた木製のトランクを開くと、彼女の旅の支度のものらしい衣類や雑貨が詰まっていた。衣類にかくすように収納されていた細長い筒状の黒い革袋を見つけた。黒い革袋のひもをほどくと、中には美しい幅広剣ブロードソードが入っていた。

「これが騎竜剣ドラグーンなのか」

これを我がものにすれば、自分がギルガンドの支配者になれるかもしれないという野望がめばえていた。

「王やブロンクスになりかわってこの自分がギルガンドをべる、

そうだ、隣室にらえてあるあの美しい娘も自分のものにしようか」

酒の酔いでもまわったのか甘美な妄想をつのらせていく伯爵。

 ふと背後に気配を感じた伯爵が振り返ると、暗くてよくわからないが怪しい人影が立っていた。

「おおっ……」あわてる伯爵。

「ディアビルス殿、よからぬ考えでも浮かべてなかろうな。その剣は私が預かっておこう」人影はトランクと黒い革袋を持ち去っていった。



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