第10話 火花

左コーナーを旋回するために傾いたバイクは、

路面に流れる水であっという間にタイヤのグリップを失った。


ローサイド、つまりバイクを倒している側にそのまま転倒した。

ハイサイド、つまり倒している方向と逆サイドへの転倒でなくて良かった。


ハイサイドだと最悪、路面を転がっている自分にバイクが上から降ってくるのだ。

そうなったらタダでは済まない。



しかし車体下の左側のステップは路面に接触し火花を散らしている。

バイクも無事というわけにはいかなさそうだ。


対して、バイクを投げ出す様に転倒した僕は、ゴロゴロと路上を転がっていた。

愛車が火花を散らしながら滑っていくスローモーションの世界の中で、

高校生の時、父親に反して自転車ツーリングをやって山の中で転んだ時のことを

他人事の様に思い出していた。


あの時は友人たちと一緒だったので、すぐさま助けが来た。

今はソロツーリングだから友人の助けは来ない。


あの時は太ももを盛大に擦りむいただけで大怪我はなかった。

今回はどうだろう。


バイクが壊れてしまったら旅は続けられない。

次に身体、骨折でもしたら父親からそれ見たことかと激昂されて連れ戻されるだろう。

面倒なことになったな、と思ったより冷静に考えていた。


バイクは反対車線の端まで滑って止まった。

路側壁にぶつからなくて何よりだ。左コーナーだったのが幸いした。

右車線分の滑走距離があった。

路面との接触距離が長かったため路上で止まってくれたのだろう。


自分の身体の回転も止まった。


手足を拡げたりして無理に踏ん張らず、

手足を縮めて勢いのままに転がったので良く回った。

4回転ほどで止まり、すぐさま立ち上がった。


手にも足にも力が入る。


良かった、骨折などの致命的な怪我はなさそうだ。




勢いバイクに駆け寄る。

転がっている間に確認したが、次のコーナーはこちらから見て右コーナーである。

下り車線からはブラインドコーナーで、

曲がったら目前にバイクが道の真ん中に倒れている状況だ。


2次事故は防ぎたいし、バイクを壊す訳にはいかない。

重い荷物だがほどいている暇はないので、力任せに持ち上げ、

なんとかバイクを立てた。


サイドスタンドを立ててギョッとした。

フタのない側溝まであと10センチしかない。

側溝に落ちていたら引き上げるのに一苦労だし、多分絶対に何処かが壊れただろう。


ホッとするのもつかの間、上から軽トラックが下りてきて、ビックリした様子で避けていった。バイクを立てていなければ、バイクは軽トラックと接触していただろう、危なかった…。


歩いて対向車線の様子を見に行き、問題なさそうなことを確認して、元の車線までバイクを押して戻る。


問題なく車輪は回る。


火花が出ていた左ステップも多少削れているが使用には全く問題はない。

ハンドルの左グリップとフロントライトガードの左端が少し削れたが

ハンドルそのものが曲がるようなことはなかったので、

ぱっと見バイクは大丈夫そうだ。


続いて自分の身体だが、目立った外傷はないものの、最初の路面との接触の際に、

左ヒジを路面に打ち付けた様だ。

ジャケットの左肘に穴が空き、ジャケットの肘から下がほつれている。


上着を脱いでヒジを見るとかなり深く抉れた傷跡だ。

しかし血は滲む程度しか出ていない。

切り口というか抉り口が白っぽいのだが、まさか骨じゃないだろう。


良くはわからないが大判の絆創膏なら何とか隠せる大きさだ。

ただ半日後には大きなアザができるだろう。

打ち身は多分身体中にあるだろうが致命的なものは1つもなかった。


合羽を脱いだ時に面倒がらずに長袖のライダーズジャケットをちゃんと着た自分を褒めたい。

長袖でなければ上半身はかすり傷だらけだったはずだ。




とりあえず持っていた水でヒジの傷を洗い、絆創膏を貼った。

消毒は後で良いだろう。


バイクの荷物も比較的軽傷で、防水の荷物カバーが擦れて穴が開いたくらいだ。

裏からガムテープで補修すればしのげる程度である。


バイクのエンジンもキック3発で再始動した。


少し走ったが特におかしいところはない。

ダートでは何度も転がしたBAJAだが、舗装路で転がしたことは実はない。


転倒した時のバイクのダメージはダートと舗装路では雲泥の差(ダートの方が軽い)であるが、

運良く今回はバイクもライダーもほぼ無傷であった。


林道を走ろうと寄り道で上がってきた浜名湖の裏街道だったが、

すっかり気持ちが萎えてしまい、

おとなしく野営地予定の天竜川辺りを目指して下ることにした。


目標の天竜川には15時についた。

ただ国道下は広いのだが、勝手に野宿ができる雰囲気ではない。

運良くこの辺は何本か川と橋がある。

支流や国道の他も探ることにする。

30分ほどウロウロすると鄙びたいい感じの「橋の下」が見つかった。


実家の近くの風景に似た

支流の下に野営をすることにした。

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