第3話 ぜいたくな夜

野宿場所と決めた秋吉台は山口県でも有数な観光名所だ。

秋芳洞という鍾乳洞もあり、子供の頃連れてきてもらった想い出がある。

目の前に並ぶ、ツルリヌルリとした乳白色の鐘乳石が何億年もの年月で出来ていると聞き、

子供心に感心した記憶がある。


この様な石灰石で出来たカルスト台地には、

ところどころ自然の落とし穴みたいなところがあり、

踏み抜いた薄い地面から落ちると、下が空洞になっていて、

落ちた穴の淵がすぼんでいるため、叫んでも聞こえず、

穴も小さく見つかることはほぼ無い、という恐ろしい話を聞いたことがある。


トコトコと砂利道を走りながらそんなことを考えていた。


キャンプ場もあるのだが、記念すべき第一夜はお勝手野宿と決めていた。

案の定、電話などない。

さてどうするか…。


小倉あたりのガソリンスタンドで満タンにしてゼロリセットした

トリップメーターは200キロあたりを指していた。

XLRは8リッタータンクでリッター35キロくらい走る。

レスキュータンクも合わせてあと80キロくらいは走るが、

そろそろガス残量が心もとなくなってくる。


見晴らしのよい草地にベンチと水道が設置されている展望台らしき場所を見つけた。

砂利道の脇にあるが、こんなところに人が来るのだろうか。

ただ今日の俺には素晴らしいシチュエーションに映る。

キレイな水さえあれば、色んなことが可能になるのだ。


ココを本日の宿と決め、一旦山を降りることとした。

地図をみて最寄りの集落を探す。

暗くなる前にテントなど展開してゆっくりと夜を迎えたい。


運良く5キロ圏内に小さな集落があった。

雑貨屋くらいあるだろう。

こういう山の中の雑貨屋にはガソリンを売っているところもある。

もしあれば全て揃うな、と思いつつ集落に向かった。


舗装路に出てしばらく走ると、雑貨屋と小さなガソリンスタンドが併設されていた。

ドンピシャである。


野菜的なものを仕入れようと思ったのだが、あいにく手に入らず、

代わりに明日朝飲むための半生味噌汁の元を手に入れた。

あとビールを2本ほど。酒を忘れてはならない。

ここで自宅にも電話する。祖母が電話に出て無事であることを告げた。


ガソリンを満タンにして宿営地に戻る。

ガソリンが満タンになると何故か何でもできる様な気になるのが不思議だ。

山積みの荷物を解いて、1日一緒に走ってくれたトンボくんに感謝しつつ、

ポンポンとタンクを叩く。


慣れた手つきでテントを張っていく。

野宿自体は熊本や宮崎で何度も予習してあり、今回が初めてではない。

少し暗くなり始めた。今日の段取りは失敗だ。

山に入る前に買い物や電話を済ませておかないと二度手間になってしまう。


愛用のテントはダンロップ製の1人用テント。

三角形が3つ合わさった構造だ。

かなり小さく折りたためるので、バイクで持ち運びしやすい。

見慣れた深緑色のテントをパタパタと組み立て、自立させる。

小さいが前室があるので、雨の日にも目の前が濡れないという利点がある。

前室に入れておけば靴の類も濡れない。


テントが風で飛ばない様、直ぐに中にポンポンと道具を投げ込んでいく。

工具や着替えを入れたボストンバックが入ればテントはまず飛ぶことはない。

その後、ゆっくりとペグを打てば良いのだ。


野宿の師と仰ぐ寺崎勉氏によれば、北枕はマズイらしい。

変な気を取り込んでしまうとか。

キーホルダーに小さな方位磁針を付けているのは北を知るためだ。


あと頭が下がると非常に不快になるので、

頭の方向、テントの前室を北ではなく下がっていない方向に向け、

出来れば下がゴツゴツしていない平らなところで設置するよう心掛けた。


今回は草地で柔らかな地面なので、きっと寝心地は最高だろう。

北枕だけ気をつけた。


今日の夕飯はレトルトのカレーにすることにした。

雑貨屋にマトモな食材がなかったため、手持ちの食料を消費することに。

その前に飯盒でメシを炊く。


水は2リットルタンクと1リットルタンクの2つを持っている。

料理に使うのは2リットル、その他の用途は1リットルで足りる。

米は明日の朝分も含め2合炊くのが流儀だ。

今夜は水道が側にあるので、米とぎで水を節約しなくてもいい。

安心して水が使えるというのは本当にありがたい。


米の炊き方は「はじめチョロチョロ中ぱっぱ」と言うが正に鉄則だ。

炊き方を失敗すると本当にヒドい食べ物になってしまうので気をつけねば。

頃合いをみて強火にする。

最後少しだけ焦げ臭くなったところで火から下ろして逆さにして蒸らすのだ。


この焦げ臭さを見逃してはならない。


コンロはコールマンのシングルストーブを持っている。

基本的に不純物のない白ガソリンが燃料なのだが、

荷物を増やすのが嫌だったので、赤ガソリンも使える仕様のモノを買った。

バイク旅はともかく小さく軽いもので荷物は最小限にしたいのだ。


ストーブにポンピングをして与圧し、

ツマミを回すと気化したガソリンが吹き出し、


ライターで点火すると火が付く。

ツマミを絞り小さめの火を点けて、飯盒を置けばやっと一息つける。


今日はテント設営が遅れたので、ココまでですっかり暗くなってしまった。


少しぬるくなってしまったビールを呑みながら、

草の上で大の字になって夜空を見る。

寝ながら夜空を見ると首を上に上げなくても良いので楽だ。


ランタンを消すと月と星、そしてストーブの明かりしかない夜がやってくる。

ラジオをつけると広島対巨人戦をやっていた。

ビールを呑みながら、飯盒で飯を炊き、ラジオを聴きながら今日のことを振り返る、

この時間が最も好きだ。


周囲2キロくらいには誰もいないだろう。

虫の声、風の音、ストーブが気化したガソリンを吹き出すシューという音、それだけだ。


とても贅沢な夜を独り占めしつつ、夜は更けていった。

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