決着

 アスランは我が目を疑った。魔法使いのグリフが倒れたのだ。原因は目の前にいる、少し親しみを覚えていた男の魔法だった。アスランは怒りに震えて叫んだ。


「よくもグリフを!奴は気に食わない人間だが仲間なんだぞ!」


 アスランは胸の奥がカァッと熱くなり、頭がチカチカした。これが怒りの感情だという事に、遅れて気づいた。アスランはものすごい速さでエルナンデス子爵に剣を打ち込んでいった。剣の手数の多さに、エルナンデス子爵の剣は守り一辺倒になる。


 エルナンデス子爵の顔を見ると、なおも微笑を浮かべていた。アスランは剣を大きく振りかぶると、渾身の力を込めて、エルナンデス子爵の剣を斬った。エルナンデス子爵の剣はボキリと折れた。アスランは返す刀でエルナンデス子爵の胴を斬り上げた。エルナンデス子爵の胸からは真っ赤な血がほとばしった。そこでアスランは冷静さを取り戻した。アスランは彼の名を呼んだ。


「エルナンデス子爵!」


 エルナンデス子爵はニヤリとアスランに笑顔を向けて言った。


「俺は貴様がうらやましい」


 それきりエルナンデス子爵を取り巻いていた風魔法が失われた。エルナンデス子爵の身体は浮力を失い、重力に従って落下を始めた。アスランは慌てて落下するエルナンデス子爵の身体を抱きとめた。エルナンデス子爵は剣の求道者だ。同じ道を歩むアスランは、彼に敬意を表さなければならない。アスランはゆっくりと地上に降りた。アスランの元に、愛馬アポロンとグリフ、黒い狼の霊獣が走り寄る。グリフがアスランにたずねた。


「アスラン、エルナンデス子爵は?」


 アスランはゆるく首を振って、こと切れたエルナンデス子爵を地面に横たえ、彼の両手を組ませた。そしてグリフに声をかけた。


「グリフ、ケガは?」

「大した事ねぇよ。ご主人さまが治してくれた。それに、エルナンデス子爵は、俺を殺そうだなんて思ってなかった。殺すんだったら、心臓部を狙うはずだ」


 アスランは無言でうなずく。エルナンデス子爵は、アスランと本気で戦うためにグリフにケガをさせたのだ。アスランは、誰に言うでもなく独り言のように言った。


「エルナンデス子爵は、僕がうらやましいと言っていた」


 グリフはエルナンデス子爵のなきがらに視線を向けたまま、呟くように言った。


「エルナンデス子爵は生まれてくる家間違えちまったんだ。古くさい因習と見栄だけで塗り固められた貴族の家なんかじゃなくて。剣の腕だけて成り上がれる平民の家か、アスランのように勇者の家系に生まれてくるべき人だった」


 アスランはグリフの言葉を聞いて、ふとグリフは以前からエルナンデス子爵と面識があったのではないかと思った。



 グリフはエルナンデス子爵のなきがらの側に行くと、土魔法で豪華な棺を作り、アスランに視線だけで手伝えとうながす。アスランは無言でエルナンデス子爵の足元を持ち、グリフと二人で棺におさめた。そしてグリフは、ボロボロだった服を豪華なものに変えた。エルナンデス子爵は、もうトカゲのような異形の姿ではなく、精悍でたくましい姿に戻っていた。



 しばらくして避難していた執事のトーマスと、使用人たちがエルナンデス子爵の棺の前に集まった。執事のトーマスにメイドが二人、メイド頭と思われる老女が一人。子爵の爵位を持つエルナンデスは、たった四人の使用人しかいなかったのだ。


 アスランは何とも歯がゆい気持ちになった。トーマスは、感情を表に出さない事が美徳とされる執事であるのにもかかわらず、主人の棺にすがってむせび泣いた。女の使用人たちも皆一様に涙を流して悲しんでいた。アスランはメイド頭の老女に優しく声をかけた。


「エルナンデス子爵はどのような方だったのですか?」


 老女は目を真っ赤にしながら答えた。


「はい旦那さまは寡黙で厳しいお方でした。ですが、わたくしども使用人にはとてもよくしてくださいました」


 それだけ言うとメイド頭の老女はくずおれて泣いた。二人のメイドは心配そうに老女を支えた。それまで執事のトーマスの背中をじっと見ていたグリフが、キッとアスランを見て言った。


「エルナンデス子爵は館に入ってきた強盗と勇敢に戦い、そして命を落とした。それでいいよなアスラン」


 グリフはアスランに意見を聞くというより、決定事項として言ったようだ。グリフが呪文を唱えると、霧のようなものが出現してエルナンデス子爵の使用人たちの頭に吸い込まれていった。すると執事のトーマスが、泣きながら主人のなきがらに叫んだ。


「旦那さま、我々のような者たちをかばうなんて。私はなんて愚かな執事なのだ、私が旦那さまの身代わりにならなければいけなかったのに!」


 どうやらグリフはトーマスたち使用人の記憶を書きかえてしまったようだ。グリフはかがみこんで、泣き崩れるトーマスの背に手をおいて言った。


「子爵の思いを無駄にしてはいけない。トーマス、あんたはこの事を親父さんのロバート・エルナンデス伯爵に手紙で知らせるんだ。あんたたちのご主人は使用を命をかけて守った立派な男だったってな」


 執事のトーマスは、涙ながらにうなずいた。アスランがグリフのする事をぼんやりと見ていると、グリフはまたもやアスランをにらんで言った。


「アスラン、何ボサッとしてんだ。トランド国王に手紙を書いて状況を知らせろ」


 グリフはそう言い捨てると、エルナンデス子爵の棺の周りに、氷魔法で氷の柱を何本も出現させた。エルナンデス子爵のなきがらを傷めないためだ。

 



 


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