新たな旅立ち

 霊獣ティグリスと霊獣アポロンはものすごい速さで空を飛び、あっという間に王都トランドの城下町に着いてしまった。城下町は相変わらずの賑やかさだった。城下町では変わらずアスランがあかりの手をつないでいた。アスランは、あかりが迷子になる事をとても心配しているようだ。あかりはアスランと手をつなぐ事にもう慣れた。


 アスランは目的地があるらしく、あかりの手と、アポロンのたずなを引っ張って行く。ティグリスとグラキエースはパタパタと翼をはためかせて着いてくる。店の雰囲気は、賑やかな果物や肉や野菜を売る店から、民芸品や生活雑貨を売る店にかわって行く。アスランは大通りから小道に入った。小道にもお店がずらりと並んでいる。だが露店の商品は、杖や帽子、くつなど統一感がまるで感じられない店ばかりなのだ。あかりが不思議そうにキョロキョロしているのに気づいたアスランが教えてくれた。


「ここは魔法具を売る露店街なんだ」

「魔法具?」

「ああ。魔法具というのは、魔法が使えない人や、強い魔法が使えない人が持つ物なんだ」


 魔法具。あかりはドラゴンのグラキエースの脚に刺さっていた槍を思い出した。ドラゴンや霊獣を傷つけ、捕らえるのにも魔法具が使用されるのだ。あかりは暗い気持ちになった。アスランは言葉を続ける。


「メリッサには通信機能のある魔法具を持ってもらおうと思ってね」

「通信機能?」

「ああ、ノーマとルプスがやっていただろう。ノーマとルプスはどんなに離れていても心をつなげる事ができるんだ。だから僕もメリッサとはぐれた時連絡が取れるようにと思ってね」


 アスランはそう言いながら、露店の魔法具を品定めしていった。アスランは魔法具に視線を送りながら説明する。


「魔法具は魔法具職人が造るんだけど、職人の腕でだいぶ質が変わるんだ。いい魔法具を選ばないとね」


 アスランは一つの露店に目を止めると、じっくりと品物に目を通した。アスランは店主に言う。


「いい魔法具を揃えていますね」

「へぇ、お若いのお目が高い。この魔法具は一級の魔法具職人が作った物です」

「女の子が持てる通信魔法具はありますか?」

「へぇ、それでしたらペンダント型はいかがですか?」


 フードを深くかぶった店主は、露店のテーブルの下から木箱を取り出した。うやうやしく木箱を開けると、そこには色とりどりの宝石が輝くペンダントが沢山並んでいた。あかりは思わず呟いた。


「わぁ綺麗」


 アスランは微笑みながら言う。


「メリッサの好きな物を選んで?」


 あかりは嬉しくなってペンダントの入った木箱に見入った。フードを被った店主がクスリと笑ってあかりに声をかける。


「優しいお兄さんで良かったねぇ、お嬢ちゃん」


 店主の言葉にあかりはほほが引きつるのがわかった。アスランは嬉しそうに店主に言う。


「やぁ、兄妹だってわかります?生意気だけど可愛い妹なんですよ」


 アスランの言葉に店主はウンウンとうなずく。あかりは思った。そんなわけないだろう、と。アスランはブロンドの髪に青い瞳だ。あかりは黒い髪に黒い瞳。どう見たって兄妹ではない。では男女が二人でいると他人にどう見えるか、一番最初に思い浮かぶのが恋人同士だろう。だがそれも無い。アスランは、誰もが振り向くほどの美青年だが、あかりはやぼったい村娘だ。どう見たってつりあいが取れない。魔法具屋の店主は、おかしな二人組を仕方なく兄妹と見立てる事にしたのだろう。


 それにしてもと、あかりは思う。アスランはとてもハンサムでカッコいいのに、ちっとも胸がドキドキしないのだ。落ち込んだり、泣いていたりする姿を何度も見ているせいもあるだろうが、あかりのアスランに対する気持ちは、弟のトランに対する気持ちと近い。家族のようなものなのだ。それに、アスランは似ているのだ。あかりの前世の姉に。


 あかりの姉、ひかりはおっとりとした美人で、あかりより三つ年上だった。ひかりはあかりをとても可愛がってくれ、あかりのワガママを聞いてくれるのだ。もう、あかりは仕方ないわねぇ、と言って。あかりは前世の姉を思い出すと、涙が出そうになり、必死にこらえた。そして気をそらすように熱心にペンダントを見た。これ可愛い。あかりはハート型の宝石がはめ込まれたペンダントに見入った。宝石はルビーらしい、だが真紅の赤色ではなく、透明なピンク色をしていた。


「アスラン、これ可愛い」


 あかりは店主に断って、手に取ってアスランに見せた。


「そうだね、可愛いね」


 アスランの答えに嬉しくなったあかりは、ある事を提案する。


「ねぇアスラン、お揃いにしよ?」

「え?!僕もハート型のペンダントなの?嫌だよ、そんなの」

「ひどい!可愛いって言ったのに。本当は可愛いなんて思ってないんでしょ?!」

「違うよ。可愛いって言ったのは、メリッサに似合いそうだったからだよ。僕がハートのペンダントしたら気持ち悪いだろ?」

「じゃあアスランはこっち」


 あかりはシンプルなだ円形のペンダントを指差す。宝石はさめるような青色のサファイアだ。アスランの目と同じ色だ。アスランは納得したようで、ハート型のルビーのペンダントと、サファイアのペンダントを購入する事に決めたようだ。アスランは自分の財布を取り出すと、あかりがギョッとするような金貨を支払った。アスランは店主に聞く。


「この宝石に僕の魔力を入れればいいんですか?」

「いかにも」


 アスランはうなずいて、二つのペンダントを両手で握りしめた。アスランの手が光る。アスランは手を開くと、あかりの首にペンダントをつけてくれた。そして自分にもペンダントをつける。あかりは嬉しくなってペンダントを見つめた。だがアスランに、服の中にしまうように言われてしまった。魔法具は高価なものなので、盗難のおそれがあるとの事。あかりは残念そうにペンダントを服の中にすべりこませた。アスランとあかりは店主に礼を言って、露店を後にした。


 アスランは、あかりと兄妹に見られた事がよほど嬉しかったようだ。あかりがどうしてかたずねると、アスランははにかんで答えた。


「僕には姉がいるんだけど、とにかく仲が悪くてね。姉は泣き虫の僕を情けないと言っていつも木の剣で追い回して、ボコボコになるまで叩かれたなぁ。僕は薄れゆく意識の中でいつも願っていたよ。可愛い妹か弟がほしいって」


 アスランは遠い目をして言った。アポロンが相づちをうつ。


『ああ、アスランはいつもお姉さんにボコボコにされて気を失っていたなぁ。私はいつも気絶したアスランの顔の横に水桶を持ってきて、ひっくり返して水をかけたものだ』

「そうだったねぇアポロン」


 アスランと姉との壮絶な思い出に、あかりは二の句がつけなかった。あかりは前世では優しい姉が、現世では可愛い弟がいてくれて良かったと心底思った。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る