テイマーのバート
バートはあかりを馬舎の動物を保護している場所まで連れて行った。ティグリスとグラキエースも翼をパタパタさせてついてくる。そこには、エイミーがケガをしているワシの包帯を変えようとしていた。
ワシは包帯を嫌がってバサバサと翼を羽ばたかせて中々包帯が巻けない。エイミーはしきりに、大丈夫よ。と言って安心させようとするが効果はない。うさぎのピピもエイミーのお手伝いをしようとしているのだろう。ワシに、エイミーは優しいよ。大人しくして、と言っている。
バートはしゃがみこんでワシと格闘しているエイミーの肩をポンポンと叩いた。バートに気づいたエイミーは笑顔でその場から立ち上がった。バートがワシの側にしゃがむと、ワシの目をしっかり見て、静かに!と鋭く言った。すると驚いた事に、あれだけ暴れていたワシが一瞬で大人しくなったのだ。エイミーはバートにありがとうと言って、再びワシの翼に包帯を巻いていく。
生まれて初めてテイマーの技術を見たあかりは歓声をあげた。
「すごいわバート!」
バートは照れたように頭をかいてから言った。
「テイムという技術は、動物を意のままに操る事だ。だから動物に対して、自分の方が格上だという気持ちを相手に伝えなければいけない。それは霊獣でも同じだ。勿論僕は霊獣よりも弱い人間だ、だけどそれを彼らに悟られてはいけない。できるかいメリッサ?」
急に質問されて、あかりはたじろいでしまった。あかりはしばらく考えてから答えた。
「最初はバートの厳しい声と視線に驚いて、少し怖かったわ。でもテイムできれば、動物も霊獣も安全に治療できるのね?それなら私もやりたいわ。動物と霊獣を助けたいの」
バートはあかりを暖かな目で見つめて言った。
「その気持ちがあるならメリッサ、君はテイマーになる素質があるよ」
あかりは胸が熱くなるのがわかった。あかりはなれるかもしれないのだ。ずっと憧れていたテイマーに。あかりの周りをパタパタとティグリスとグラキエースが飛んでいる。バートはあかりの周りを飛び回る霊獣とドラゴンを見て聞いた。
「メリッサ、その霊獣とドラゴンとはどうやって契約したの?」
あかりは口ごもってしまった。あかりがティグリスとグラキエースと契約した時は、バートの行ったテイムとは全く違っていたからだ。ティグリスとグラキエースはあかりの事を心配しているようだ。バートは言葉を和らげて続けた。
「いいんだよメリッサ。君がやった事を話してくれ」
「あの、ティグリスとグラキエースはケガをしていたの。私二人をどうしても助けたかったの。二人のケガが治ったら契約してたの」
あかりはティグリスとグラキエースと出会った時の事を思い出していた。二人に初めて会った時、ひどいケガをしていた。その時あかりは必死だった。今思い出しても、あまりよく覚えていなかった。うまく答えられなくて、きょうしゅくするあかりに、バートは微笑んで言った。
「その霊獣とドラゴンは、メリッサの真剣な気持ちにうたれたから、メリッサと契約したんだろうね。メリッサのその時の気持ちがテイムだったんだよ」
あかりは、嬉しくなってティグリスとグラキエースを抱きしめてほおずりをした。
エイミーの仕事はまだまだ終わらない。今度は大きな牡牛に翼の生えた霊獣のケガの治療に取りかかった。牡牛の霊獣はとても気が立っていた。エイミーとピピの言葉も耳に入らないようだ。牡牛がエイミーが近寄るのを嫌がって、炎の魔法をエイミーたちにぶつけた。
あかりはその光景を見て、キャッと声をあげた。エイミーたちが炎に包まれてしまうかと思ったからだ。だが、すかさずうさぎの霊獣ピピが、鉱物防御魔法を張ってエイミーを守った。どうやらピピは土魔法を使うようだ。バートはあかりにその場にいるように指示すると、ツカツカとエイミーたちの側に行った。バートは鼻息を荒くしている牡牛の霊獣の前に立った。バートは牡牛と目を合わせ、激しい言葉で叫んだ。
「止まれ!」
牡牛はビクリと身体を震わせてから大人しくなった。エイミーは速やかに牡牛の脚の包帯を取り外し、傷口の具合を見た。あかりはその傷口を見て、キャッと声を上げた。可哀想に、牡牛の脚には丸く大きな傷口が出来ていたのだ。
エイミーは傷口を確認すると、手早く薬を塗り
ガーゼを当て、包帯を巻いた。ケガの手当てを終えて、エイミーとピピは素早く牡牛の霊獣から離れる。バートは牡牛から目線を外した。静かだった牡牛は唸り声をあげて、部屋の隅にうずくまった。バートがテイムを解除したのだ。あかりはエイミーの側に駆け寄った。
「エイミー、大丈夫?!」
「ええ、バートが来てくれたから大丈夫よ」
「この霊獣はちっとも心を開いてくれないのね」
「無理もないわ。人間にひどい目にあわされたのよ」
エイミーは馬舎の端にもうけている道具入れから、ある物を持って来た。
「この槍があの子の脚に刺さっていたの。強い魔力を秘めた魔法具よ。魔力の強い者を執拗に追いかけて攻撃するの。牡牛の霊獣は、この槍にずっと追いかけられて、疲れた所に刺されて動けなくなっていたの」
その槍を見て、あかりとグラキエースはハッとした。あかりがグラキエースと出会った時に、グラキエースに刺さっていた槍だったからだ。あかりはエイミーに聞いた。
「エイミー、この槍の持ち主は誰なの?」
「わからないわ。でもこの槍は国中の強い霊獣を狙っているようなの。おそらく強い霊獣を集めて、何かを企んでいるやつがいるって事だわ」
あかりはゴクリとツバを飲み込んだ。この世界で、霊獣やドラゴンにとって何か良くない事が起ころうとしているのだ。
エイミーは、あかりたちを霊獣の子供がいるスペースに案内した。そこはサクが設けられていて、小さなモフモフの霊獣の子供たちが遊んでいた。そのあまりの可愛さに、あかりはキャアキャア言ってしまった。翼の生えた子猫に、頭にツノの生えた子犬。皆ミャーミャー、キュンキュンとしきりに話していた。
「何て可愛いの?!」
興奮気味に叫ぶあかりに、エイミーは寂しそうに笑って言った。
「この子たちは守護者とはぐれた霊獣の子供たちなの。守護者の霊獣は人間に捕まっている者もいるわ」
あかりはあどけない霊獣の子供たちを見つめた。皆、何で守護者が側にいてくれないのかわからないようだった。エイミーはつとめて明るく言った。
「でもね、霊獣の間でも私たちの活動が認知され始めているみたいなの。この間、ライオンの霊獣がここをたずねてきたの。自分の養い子が保護されていないかって。ずいぶんヤンチャな養い子みたたいなのよ」
エイミーの言葉に、ティグリスがギクリとしたのを、あかりは見逃さなかった。もしかしたらライオンの霊獣というのが、ティグリスの守護者なのかもしれない。セレーナが言っていた。ティグリスはまだ守護者の手を離れてはいけない子供だと言っていた。だがあかりはその事をエイミーに言えないでいた。もし、ライオンの霊獣がやって来たら、ティグリスを取り上げられてしまうかもしれないのだ。ティグリス、あかりの大切なお友達。あかりが小さいに頃出会って、ずっと一緒にいる事が当たり前になっている存在。そのティグリスと離れるなんて、あかりは考えたくなかった。それがティグリスのためにならなくても。
メリッサとアスランはエイミーたちの仕事を手伝ってくれた。ゼノは孫のような二人を目を細めて見ていた。動物と霊獣の世話はとても大変だが、メリッサとアスランは嬉しそうに手伝ってくれている。しばらくすると、バートがテイムしていたタカのフィルが帰って来た。フィルの手紙を読んだゼノが、うむとうなずいた。ゼノの思い通りに、冒険者協会が依頼書を書き替えてくれたようだ。ゼノはイスから立ち上がると、高らかに宣言した。
「よし!今から出発じゃ!」
孫娘のエイミーは驚いて言った。
「おじいちゃん!今から行くの?休ませてあげてよ、メリッサたちが可哀想じゃない!」
ゼノはアスランとメリッサを見た。アスランとメリッサは同時にうなずいた。早く霊獣の強硬派がいるという森に行こうと。ゼノはエイミーとバートを呼んで、後の事を託した。バートはアスランに声をかけた。アスランはメリッサの事だろうと直感し、二人して馬舎の陰に行った。バートはアスランに言った。
「メリッサはテイマーの才能があるよ」
バートの言葉にアスランは微笑んだ。だがバートはいぶかりながら言葉を続けた。
「だけどメリッサは強力な霊獣とドラゴンとも契約している。本来霊獣と契約する者は召喚士だ。だが召喚士は一人の精霊か、一頭の霊獣としか契約しない。メリッサは二頭だ」
バートはそう言うと、ポー。と呼んだ。バートの肩には緑色の美しいオウムがとまっていた。だがただのオウムではない、オウムの頭には小さなツノが生えていた。霊獣だ。アスランは愛らしいオウムに思わず微笑んだ。バートはオウムの霊獣ポーに言った。
「ポー、アフランにごあいさつを」
「こんにちわアスラン。私はポーよ」
アスランは驚いた。霊獣が人間の言葉を話したからだ。アスランは霊獣のアポロンと契約して、アポロンと会話する事ができるようになった。だが霊獣語を学んでいないアスランは、アポロン以外の霊獣とは会話ができない。ポーにアスランが驚いていると、バートが笑って説明した。
「ポーは言葉が堪能な霊獣なんだ。人間語も霊獣語も精霊語も話せる。ゼノさんを筆頭に、僕らがやっている活動に参加している人たちは、全員が召喚士やテイマーや魔法使いというわけじゃないんだ。霊獣と話せなくても、協力してくれる人たちもいる。その人たちとの架け橋をしてくれているのがポーなんだ。僕がポーと契約できたのは、彼女が心穏やかで優しい霊獣だからだ。メリッサのようにあんな強大な霊獣やドラゴンと契約なんてできないよ。神経がすり減ってしまう。メリッサは今までにないテイマーになるだろう」
アスランは、メリッサがヒョウの霊獣セレーナとも契約している事は言えなかった。
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