竜王スノードラゴン
スノードラゴンは気高く美しいドラゴンだった。全身銀色のウロコにおおわれて、日の光に照らされると、キラキラと輝くのだ。スノードラゴンはよわい数百年も生きている。したがって強大な魔力を有しているのだ。スノードラゴンに敵など存在しなかった、彼はこの世の王なのだ。
だがそんなスノードラゴンをもおびやかす存在が現れた。人間という種族だ。人間は力が弱いくせに、驚くべき速さで繁殖し、ドラゴンたちが暮らす森を切り拓いていった。そして神をも恐れぬ所業、ドラゴンを使役しようと試みる人間も現れたのだ。人間とは何と傲慢な生き物なのだろうか、神にもひとしいドラゴンを使役して道具として使おうなどと、あってはならない事だ。
だがスノードラゴンは人間を恐れる事など無かった。スノードラゴンの強大な魔力を持ってすれば、だ弱な人間など一瞬にして凍らせてしまえるからだ。そこにスノードラゴンの空きがあった。人間は姑息にも魔法具を使ってスノードラゴンを捕らえようとしたのだ。その魔法具は槍のような形をして、強い魔力を持つものに引き寄せられる魔法がほどこされていたのだ。従ってこの槍は、強大な魔力を持つスノードラゴンをどこまでも追ってきた。
長い距離を飛んで、疲労したスノードラゴンの後脚に突き刺さった。スノードラゴンは痛みのあまり森の中に落下した。しかもいまいましい事に、この槍には毒が塗ってあった。スノードラゴンを痺れされる毒が。早くこの槍を抜いて、解毒の回復魔法を使わなければ、じきにスノードラゴンを探しにきた人間に見つけられれば、無理矢理人間と契約を結ばされてしまう。
真の名の契約は絶対だ。もし人間と契約したならスノードラゴンは、その人間が死ぬまで使役しなければいけないのだ。神にひとしいこのスノードラゴンが人間のような下等な生物に使役されるなどあってはならない事だ。スノードラゴンは前脚で不器用にいまいましい槍を抜こうとするが、血で滑って上手くいかない。
焦っている所に、突然ガサリと誰かが森から現れた。人間だ。スノードラゴンはにわかに怒りが湧いた。自分をこのような目にあわせた人間ならば、一瞬のうちに氷の棺に閉じ込めてやろう。スノードラゴンは唸り声をあげて人間をいかくした。人間はスノードラゴンに驚いた様子だったが、自分を怖がってはいないようだった。
「あなたケガをしているのね?私は敵じゃないわ信じて?」
人間は年若い娘だった。スノードラゴンを真剣な瞳で見つめていた。スノードラゴンは咆哮と共に娘をおどかそうとした。
『人間が!よくもわしにこのような仕打ちをしてくれたな!このいまいましい槍を抜き取り、毒を浄化したあかつきには貴様を氷漬けにしてやるぞ!』
「毒?その槍には毒が塗ってあったの?!少し待ってて」
娘はスノードラゴンの咆哮など意にかいさず、踵を返して森の中に入っていった。スノードラゴンは驚いた、聞き間違いでなければ、先ほどの人間の娘は自分と会話をしていた。しばらくすると、ぼう然としているスノードラゴンの元に娘が戻って来た。娘は枯れ木の入ったカゴを背負って、手には並々と水が入った木の桶を持っていた。
娘はスノードラゴンの側で、テキパキと焚き火をしだした。枯れ木を積み上げ、綿と火打ち石であっと言う間に火をつけてしまった。そして腰にさしていたナイフを火であぶり出した。しっかりとナイフを熱すると、清潔な布の上に置いた。そして真剣な表情でスノードラゴンに語りかけた。
「痛いだろうけど我慢して?」
娘はおもむろに、スノードラゴンの後脚に深く突き刺さった槍を勢いよく引き抜いた。傷口からはドロリと毒をふくんだ血があふれた。娘は熱したナイフを傷口に突き刺した。あまりの痛みにスノードラゴンはギャァと叫んだ。だが娘は、暴れるスノードラゴンの脚をしっかりと押さえた。そしてナイフを突き刺した傷口をギュウギュウと押した。後から後から血があふれ出てくる。
そして娘は水桶からひしゃくで水を汲み、傷口にかけた。どうやら娘は毒を身体の外に出そうとしているようだ。娘は何度もナイフで傷口を刺し、毒を押し出した。だんだんと血の量か減ってくると、あろう事か娘は傷口に口をつけて、自ら吸い出そうとしたのだ。これにはスノードラゴンも驚いた。この毒がどのようなものなのかはわからないが、巨大なスノードラゴンを痺れされるほどの強い毒だ。小さな身体の人間の娘が毒を飲んだらただでは済まないだろう。
娘は吸い出した血を吐き出してから、ひしゃくの水を口に含み吐き出した。そして再び傷口に口をつけた。その動作を何度も行なっていた娘に変化が起きた、娘はフラフラしだしてからバタリとその場に倒れてしまったのだ。慌ててスノードラゴンは娘に聞いた。
『何故だ、人間の娘。何故わしを助けようとする?』
人間の娘は弱々しげに微笑んでスノードラゴンに言った。
「誰かを助けたいと思う気持ちに理由なんていらないわ」
スノードラゴンはこの時、雷にうたれたような衝撃を受けた。いやしみさげすんでいた人間にもこのような者がいたのか。スノードラゴンは己のりょうけんのせまさに恥じ入った。スノードラゴンの身体の痺れが次第に消えていく。娘の処置は正しかったのだ。スノードラゴンは穏やかな声で人間の娘に問いかけた。
『娘、お主の名は?』
「・・・メリッサ」
『メリッサ、我が名はグラキエース』
「・・・グラキエース」
『真の名において契約する。メリッサ、わしがお主を守ってやる』
スノードラゴンと娘、メリッサの周りを光が包む。人間との契約は案外呆気ないものだったのでスノードラゴンは少々拍子抜けした。だがすぐに気を取り直した。早くメリッサの解毒をしなければ。スノードラゴンは自らの氷魔法で、メリッサの体内に入った毒を浄化した。そしてメリッサを魔法で、優しく空中に持ち上げると、自身の前脚で抱き込んだ。メリッサが目を覚ますまで。
この日あかりは母親に頼まれて、キノコや山菜を採りに森に入った。あかりは森が好きだ。木々をゆらす風、しめった土と木の香り、心が落ち着く。しかし今日の森は何か変だった。小鳥や小動物たちは、口々に危険だと叫んで逃げていく。いつもはあかりが小鳥に話しかけると、沢山おしゃべりをしてくれるのに、今日に限っては何も話してはくれなかった。あかりは直感した、この先に何かがいる。
あかりが林を抜けると、そこには巨大なドラゴンがいた。あかりは驚きはしたが、ドラゴンの美しさにも息を飲んだ。そのドラゴンは全身銀色のウロコにおおわれて、木漏れ日が当たるとキラキラ輝いていたのだ。
見ほれていたあかりは、そのドラゴンがケガしている事に気づいた。可哀想に、ドラゴンの後脚には深々と槍が刺さっていた。ドラゴンはあかりをいかくした。そして人間に強い恨みを持っているようだった。霊獣である友達のティグリスもそうだった。人間をひどく嫌悪していた。あかりが何故かと聞くと、霊獣は、その強大な魔力を保有するため、人間に捕らえられるのだそうだ。そして人間と結びたくもない契約をさせられ、その人間が死ぬまで働かされるというのだ。
その話を聞いて、あかりは憤り、そして悲しくなった。この世界には可哀想な霊獣が沢山存在するのだ。そして目の前にいるドラゴンも、人間に捕らえられようとしているのだ。あかりはただちに行動を開始した。このドラゴンを助けるために。あかりは熱したナイフをドラゴンの傷口に刺し、毒を出そうとした。傷口に手をおいて毒を絞りだした。あかりはちくいちドラゴンの状態を確認した。ドラゴンは未だ苦しそうだった。
あかりは決心した。自分で毒を吸い出すと。自分の口で毒を吸い出す事は、あかり自身も毒を飲んでしまう危険があるが、仕方がない。あかりは傷口に口をつけて吸い上げた。吸い出した毒はただちに吐き出す。そして水で口の中をすすぐ、やらないよりはマシだろう。
あかりは毒の吸い出しを何度かして、自身の身体の変化に気づいた。全身がビリビリ痺れだし、身体を動かす事ができなくなってしまった。ドラゴンがあかりに何か語りかけた。あかりはうわごとのように答えた。すると、あかりとドラゴンを光が包んだ。あかりはそれきり意識を失った。
あかりが意識を取り戻すとドラゴンの腕の中だった。ドラゴンは元気そうだ。あかりは嬉しくなって、ドラゴンの首に抱きついた。
「良かった、ドラゴンさん元気になったのね?」
ドラゴンは笑いながらあかりに言った。
『メリッサ、お主は本当にお人好しだのぉ。もう少しで死ぬ所だったのだぞ?』
「ドラゴンさんが助けてくれたの?ありがとう」
ドラゴンはフゥッとため息をついた。そして穏やかに言った。
『メリッサ、わしの事はグラキエースと呼ぶのだ。すでにお主と契約したからの』
グラキエースの言葉にあかりの顔がくもった。
「だめよグラキエース、貴方は人間との契約が嫌だったんでしょ?貴方の自由がなくなってしまうわ」
グラキエースは微笑んで答えた。
『メリッサ、お主はわしの嫌がる事を命令するか?』
「いいえ、そんな事しないわ」
『ならばよかろう。メリッサ、困った事があったらわしを呼ぶのだぞ?』
メリッサにドラゴンの友達ができた。
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