第11話

「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない。せっかくだから、今度勝負してみましょうよ」

「勘弁してくれよ。妹に叩きのめされて怪我するなんて嫌だぞ、俺は」

「大丈夫よ。もし怪我したら、私が魔法で治してあげるから」

「できれば、最初から怪我をさせない方向で頼む」

「ふふっ、善処するわ」


 この三年間、他の人には一度も言ったことのないような生意気な軽口が、自分の口から次々と飛び出すことに、私は驚き、少しだけ恥ずかしくなった。


 久しぶりに、心を許せる身内である兄さんと話しているうちに、まるで子供時代に戻ったように、甘えてしまっていたらしい。ずっと張り詰めていた気持ちが緩み、なんだかとても安らいだ気分だ。


 しかし、私の安らぎはいつまでも続きそうにない。

 話しているうちに、母屋に到着したからだ。


 今から、折り合いの悪い父と一年ぶりに会わなければいけないと思うと、一気に気が重くなった。前に会ったときは喧嘩になってしまったし、父の性格を考えると、私を喜んで迎えてくれるとは考えにくい。


 そんな私の心情が、ありありと顔に出ていたのか、兄さんは苦笑し、それから、諭すように言った。


「ローレッタ、そんなに心配することない。今の親父は、もう昔の親父とは違うんだ」

「それ、さっきも言ってたけど、どういう意味?」

「すぐにわかるよ。……親父と色々あったお前に言うのもなんだけど、できれば、なるべく親父のことを気づかってやってほしい」


 そこで話は切れ、私は先導する兄さんについて行く形で、父の寝室に向かうことになった。……まだ就寝には早い時間だと思うが、父さんはもう横になっているのだろうか?


 父の寝室のドアを兄さんは軽くノックし、中に向かって穏やかな声色で言う。


「親父、ローレッタが帰って来た。入っていいか?」


 しばしの間をおいて、中から「ああ」と返事がした。そのただ一言だけでも、ハッキリ父の声だと分かる。


 やはり、父と会うのは緊張する。少しだけ強張った身体をリラックスさせるため、私は一度だけ深い呼吸をし、それから兄さんと共に部屋の中に入った。


 部屋の中は、暗かった。


 頼りないランプの明かりだけが弱々しく灯っており、父は、そのランプのすぐそばにあるテーブルの前で、大きな椅子に座り、ぼおっとしているようだ。


 数秒して、父が座っているのが、ただの大きな椅子ではなく、両側に車輪がついている『車椅子』であることに気がつく。それとほとんど同時に、父はこちらを見上げ、ただでさえ細い目を、ゆっくりと細めた。


「おぉ……ローレッタ、よく帰って来たな……本当に、よく帰って来てくれた……」


 その、優し気で、儚さすら感じさせる喋り方は、私の知る、頑固で気の強い父のものとは大きく異なっており、私は数瞬、返事をすることを忘れてしまう。

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