第3話
「ローレッタ、どうしてここに? 『聖女』であるきみが故郷に帰れるのなんて、年に一度か二度――魔物の襲撃が極端に少ない厳冬の時期だけのはず」
当然の問いだ。
今は初夏。
春ほどではないものの、魔物たちの侵攻が激しい時期であり、本当なら、『聖女』である私が聖騎士団を離れていいはずがない。都に残った騎士団員たちのことを思うと、もっと必死になってエグバートに食い下がり、土下座をしてでも聖騎士団に残るべきだったのかもしれない。
土下座――
自分自身で思い浮かべてしまった卑屈な言葉に、悔しさが湧き上がってくる。
私生活を犠牲にしてまで『聖女』として頑張ってきたのに、どうして私があんなくだらない男に土下座しなきゃならないの……!
悔しさはやがて怒りに変わり、その怒りも、数秒もしないうちに虚しさと悲しみへ変わってしまった。だって、今更どれだけ憤ろうが、嘆こうが、もうどうしようもないもの。
私は一度だけ深呼吸をして、事の顛末をルドウィンに話した。
大げさに慰めてもらいたいわけじゃないけど、彼の口から一言、『大変だったね』と言ってほしかった。その温かいねぎらいの言葉があれば、私は気力を取り戻し、また何か、新しいことに取り組んでいける――そんな気がしたのだ。
ルドウィンは白馬に跨ったまま、ほとんど表情を変えず、私の話に耳を傾けた。彼は基本的に、こちらが話している間は口を挟んできたりしないし、相槌すら打たない。ルドウィンのそういうところが、私は昔から好きだった。
そして私の話は終わった。
すぐに聞こえてきたのは、『フン』と鼻で笑ったようにも、『フゥー』とため息をついたようにも聞こえる、呼吸音だった。……どうやら、ルドウィンが発したものらしい。
ルドウィンはもう一度、今度はハッキリと聞き取れる大きなため息を漏らしてから、言葉を続ける。
「はぁー……ローレッタ、きみ、馬鹿じゃないのか?」
「えっ……?」
思ってもいない台詞に、私は固まってしまう。
恐らく、いや間違いなく、ルドウィンに『馬鹿』と言われたのは、これが初めてのことだった。
ルドウィンは馬上から、つまらない玩具でも見るような目で私を見下し、いつも通りの静かな調子で、滔々と語りだす。
その様相は、不機嫌そうでありながら、妙に饒舌で、不思議と高揚しているようにも見えた。
「俗物であるエグバートが聖騎士団の長官になったのなら、成り上がるチャンスじゃないか。あの放蕩貴族は女好きだし、ご機嫌を取って、適当に色目を使っておけば、きみを厚遇しただろうに。もしかしたら、史上初の女聖騎士団長になれたかもしれない。それを、わざわざ諫言して、挙句の果てに聖女をクビになるとは……前々から思っていたが、愚かとしか言いようがない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます