第7話 戦闘訓練
装備をポーラに購入してもらった翌日、ポーラと戦闘訓練を開始した。俺は、これまで殺し合いどころか殴り合うような喧嘩という喧嘩すらした事が無いのだ。これからモンスターと戦うことが出てくるのは間違い無い。それなのに戦い方を知らないというのは、非常に不味い。
「じゃあ、もう一度確認するわね。アスカは一度もモンスターと戦った事は無いのね」
「ああ。人とすら殆ど無いぞ」
「分かったわ。それと、スキルやアーツ、魔術も取得している物は無いのね」
「ステータスプレートに載っているのが正しいのなら、何も無い」
ポーラは地面に落ちている小枝を拾い上げ、軽く振ると俺の方に向けてきた。
「じゃあ、まずは防御を覚えましょう。私が攻撃をするから防いでみて。勿論力は抑えてするけど、私とあなたのステータス差が大きいから、小枝だからと馬鹿にしていると怪我をするわよ」
ポーラのSTRが二十五。俺のVITが四。防具によるDEFが上がって、物理防御が十三。単純に差分を計算するとポーラの攻撃で俺は十二のダメージを受ける訳だ。そして、俺のHPは二十一。二回の攻撃で死ぬ計算になる。これがゲームと同じ計算なら。
実際はそんな単純な計算ではないはずだ。あんな棒切れでニ回殴られたら死ぬなんておかしな話だ。俺はそう高を括っていた。ポーラの一撃を受けるまでは。
「行くわよ。しっかりガードしてね」
ポーラが一歩踏み込み、俺に向けて小枝を叩きつける。俺はその一撃を手で掴もうとしたが、タイミングが合わず俺の顔面を打ち据える。
「痛ってぇぇえええ」
叫び声を上げながら、俺は吹っ飛んでいく。嘘だ。ポーラは手加減して俺を叩いただけだぞ。なんでこんなに吹っ飛ばされる。なんでこんなに痛い……。
「ちょっと、大丈夫?」
ポーラがすぐに俺の方へと駆け寄ってきた。そして、俺に手を差し伸べる。俺はその手を取り、立ち上がるとふらついてしまった。
「もう。だから言ったじゃない。しっかりガードしないからそうなるのよ」
「悪い。甘く考えていた」
俺は今のでどれくらいのダメージを受けたのかを確認するためにステータスプレートを見てみるが、記載内容に変化が無い。
「なあ、今の自分のHPの現在値を確認しようと思ったら、何を見れば良いんだ? ステータスプレートには現在値が載っていないみたいだけど」
「現在値? 何それ? 何でそんなのが知りたいの?」
ポーラの返答に驚いた。こっちの世界の人間は、HPというステータスがあるのに、現在値を気にしないのか? 驚いている俺を見て、ポーラが不思議そうな顔をする。
「何をそんなに驚いているの?」
「いや、自分のHPの残量も分からないのは不便じゃないのか? それが気にならないのが不思議だと思ってな」
「うーん。確かにそう言われてみれば、そうね。現在値なんて知る方法がないから、それが当たり前かと思っていたけど、異世界から来たあなたから見たらおかしいのかもね。傷を負って死にかけていれば、回復薬を使って回復する。それが当たり前だもの」
「そうか。知る方法が無いのか。OK。続けよう。今度はしっかりガードするよ」
「おっけぇ? って何?」
「うん? ああ、俺の世界で分かった、とか了解って意味だ」
「ふーん。そう。OK。じゃあ、続けましょう」
ポーラは俺の口にしたOKを早速使い、戦闘訓練を再開する。
「そう、その調子よ。どんどん上手くなっているわ」
ポーラの攻撃を小手でガードし、吹き飛ばされる事もなくなった。連続攻撃も両手を使って、上手くガードする。
「もうガードは良さそうね。でも、あなたは素手で戦わないといけないのだから、腕でガードばかりしていると反撃が出来ないから、今度は避ける練習ね」
俺はこくりと頷くと、ポーラの攻撃を避け始める。俺自身が驚いたのだが、よくこんなに動けるなと自分自身に感心していた。
「いいわよ。もっと動きは小さく。確実に避けて。モンスターは手加減なんてしてくれないわよ!」
ポーラの攻撃が少しずつ強さを増していく。それに合わせて俺も動きが少しずつだが、良くなっていくのが分かる。始めた時にはどうなるかと思ったが、どうやらステータスとは別に、こちらの世界に来た時に戦い方というのを刷り込まれたのではないかと思うくらい体が動いた。ただ、避ける度に弾む胸が邪魔だったが……。
「だいぶ余裕が出来てきたわね。今度は、避けながら攻撃をしてみて。あなたのステータスじゃ私にダメージなんて入らないから、全力で攻撃して構わないわよ」
ポーラの振り下ろしを横に半歩移動し避けると同時に俺はポーラにパンチした。全力で放った俺の一撃は彼女の胸に当たると、柔らかい感触が拳に伝わる。
「あ、ごめ……」
次の瞬間、俺は吹っ飛んでいた……。
暫く気を失っていたらしい。目を覚ますと、俺はポーラの膝を枕にして横になっていた。
「あ、気が付いたのね。ごめんなさい。つい、力が入ってしまったわ……」
吹っ飛ばされた影響か、ダメージによる影響か分からないが、俺は体を起こそうとしたが動けなかった。
「俺こそ、悪かった。まさか、胸を触ってしまうとは……」
「いえ、戦闘訓練だからあなたは悪くないわ。ただ、私も胸を触られた事がないから、気が動転してしまったわ……」
「ところで、俺動けないんだが……」
「ああ、私の攻撃をまともに受けたから所謂瀕死という奴かしら」
おいおい。もう少しで殺されるところだったのか。俺は。今度から訓練とは言え、ポーラに攻撃する場所は気をつけよう……。
ポーラは俺に回復薬を飲ませてくれると、漸く動けるようになり起き上がった。
「今日はこの辺で終わりにして宿に戻りましょう。久しぶりに動いたから汗をたくさんかいたし、お風呂に入りたいわ」
「Ok。宿に戻ろうか」
二人は、戦闘訓練を終えると、宿へと戻って行った。俺もかなり汗をかいたな。よし。俺も風呂に行って、汗を流すか。そういえば、昨日はこっちに召喚されてゴタゴタしていたから、風呂に入っていないや。俺は男湯に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと。アスカ! あなたどこに行くの?!」
「どこって? 風呂だよ」
「そっちは男湯よ!」
俺はポーラの言葉に、だからそっちに行くんだろという顔をすると、ポーラがはぁっと溜息をついた。
「あなた、本当に馬鹿ね。その恰好で男湯に行ってごらんなさい。あっという間に襲われるわよ」
あ、そうか。今は女の体だ。裸の女が男湯に入ろうものなら、襲ってくれと言わんばかりか。待て、待て、待て。ということは、俺、女湯に入るのか。いや、それも不味いだろ。外見は女でも中身は男だぞ。他の女性客の裸を見る訳にはいかないじゃないか……。
「ひょっとして、俺、風呂に入れない……」
日本人として風呂には毎日入りたい。風呂に入るとリラックス出来るし、一日の疲れを癒せる。がっかりしているとポーラが仕方ないと俺に提案してきた。
「私が一緒に入って上げるわよ。あ、でも私の裸を見たらダメよ。他の女性の裸もね。目を瞑って私が手を引いてあげるわ」
「有難いけど、目を瞑っていたら体を洗えないぞ」
「体を洗うの?」
こっちの世界は湯に使って汗を流すだけらしい。お湯に体を清浄化する魔術が付与されているとの事だ。納得して、目を瞑ったまま風呂に入り、何とかゆっくり湯に浸かる事が出来た。うーん。でも、毎日これだと気が落ち着かないな。くそ、呪いをかけた奴。絶対許さねぇ。こんな小さなことも不便にしやがって。
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