魔法使いのダークチェリー 9

「果物市って、こんなに活気があるんだね!」

「待て、こんなに混んでいたら、見つけるのに苦労する」


 はしゃいで先を行こうとする私を苦笑しながら追いかけてくるネアは、その手に大きめの買い物かごをぶら下げている。主夫。


 姉が魔力ポーションを作ることを決意した、あの病室で。

私達はちょうどこの日、地域応援イベントとして、大規模な果物市が開かれることを知った。


「おねえちゃんも来ればよかったのに」

「要らん気でも回したんだろ」

「要らん気って?」

「いや、なんでもない」


 失言を隠すように口を手で塞いだネア。

いつになく洒落て見えるのは、普段つけていない細めのシルバー色をしたチェーンネックレスを、首から下げているからだろうか。


 かくいう私も、普段の休日ならば絶対に着たことのないワンピースでめかしこんでいるのは、他でもない姉のせいだった。


(おねえちゃんってば……。デートね! じゃないのよ……)


 家族に胸の内を見透かされて気恥ずかしく思うと同時、複雑な気持ちも胸中に渦巻いている。

 ひとつはネアの初恋が姉だと思っていた時期がしばらくあったこと。

本人から否定をされたが、それでもしばらくの間は、疑念として残っていた。

 そしてもうひとつは。


(おねえちゃんと同い年なら、今二十二歳くらい? 大学に通っていたら大学生最後の年……。大学生と高校生の恋愛ってどうなのよ)


 最も、ただ私が悩んでいるだけで、一方通行の恋である可能性のほうが高いわけだが。


(初恋の味は苦い味。叶わないのが初恋の運命、ってね)

「メグ、どうした?」


 思案に耽り、いつの間にか私を追い越したネアは、不思議そうな顔をして振り返る。

だから私は、にっこりと笑って言うんだ。


「ううん、なんでもない!」


 ネアは不思議そうな顔のまま、首を傾げた。


「何でもないならいいが……」

「それよりネア! あそこにある赤い屋根の屋台、搾りたてジュースだって!」


 どこか納得していない風のネアの前を走る形で、私は屋台へと向かう。


「メグ! 待て!」

「え? わっ……!」


 直後、私の身体に走る衝撃。

真横から人が来ていたことに気が付かず、ぶつかってしまったために起こったものだった。


「まったく……。けがはないか?」


 ネアが何か言っているが、私はそれどころではない。


「ネ、ネア、あの、近……」


 転びかけた私を、ネアが抱きとめている。

それだけでも結構な衝撃なのに、あろうことかネアは、そのままの状態でしゃべっている。


「すまない、こちらの注意不足だ」

「いえいえ、こっちも怪我無いんで、いいっすよ」

「申し訳ない。ほら、メグも謝れ」


 そう言ってようやく解放された私。

夢見心地と言えばいいのか、ぽけーっと放心していた意識は、ネアの二度目の催促に覚醒する。


「ご、ごめんなさい!」

「うん、いいよ。ただ、人が多いから次からは気を付けてくださいっす」


 そう言って彼は去っていった。

ありがとう、許してくれた、名前も知らない人……。


「まったく……。ほら、メグ」


 ネアはほら、と何かを促すように手の平を差し出してくる。

私は財布を鞄から出した。


「違う。……手、繋いでいれば、はぐれないだろ」


 イエスもノーも言わない内に、ネアは私の手を取って歩き出す。

手の平から伝わる体温に、鼓動が跳ねる。

だけど。


(ネア、買い物かご持っているし、これは確実に買い物に来た母親と子供……!)


 色気のいの字もないことに気が付いてしまい、内心で落ち込む。

そんな私の内心を知ってか知らずか、ネアが再び私の意見を促したのは、人込みを抜けた先にある赤い屋根の屋台だった。


「飲みたかったんじゃないのか?」

「飲む!」


 即行で返事を返す私は、レジ前で待機しているお姉さんが差し出したメニューを読む。

ストレートに果汁を絞って、炭酸水や水なんかで割っているものもあれば、スムージーとしてブレンドされているものもある。


「イチゴか、オレンジか……。どうしよう、悩む……」

「お決まりですかぁ?」

「いや、もうちょっとだけっ」


 お姉さんはにこにこ笑いながら、メニューの一部を指で指し示す。


「ただ今、カップル割引セールやってまぁす。カップルの方ですと、Lサイズのジュース、スムージーが割引されます」

「へ? カップル?」


 お姉さんの言葉に戸惑っていると、ネアが彼女に注文をする。


「オレンジのスムージーひとつ。メグはイチゴでいいよな?」

「え、あ、うん、イチゴで!」

「かしこまりましたぁ。大きさはいかがなさいますか?」

「両方Lで」

「……両方、ですか?」

「? ああ、両方」


 ネアの注文に、お姉さんの笑みが固まった気がしたが、彼女は何事もなかったかのように注文を受け付け、会計を済ませる。


「使えるものは使っといたほうがいいだろ?」

「ネアって案外……」

「節約上手と言ってくれ」


 そんなことを言っている間に作られたジュースのLサイズは、少なくともひとりで飲むサイズではなかった。


「ありがとうございましたぁ」


 お姉さんに見送られながら、大きなジュースを両手に持つ。


「……お姉さん、カップル割りって言っていたよね」

「ああ、そうだな……」

「ストロー差す口、ふたつ付いてるね」

「そうだな……」

「……これ、恋人たちがシェアする用じゃ」

「メグ、何も言うな」


 時間をかけてちゃんと飲んだ。

ネアからもオレンジのジュースを一口もらった。もちろん、自分のストローで。


「美味しかった」

「俺は水腹だ」

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