魔法使いのダークチェリー 7

「雄大、また来たわよ」

「お邪魔します、雄大兄ちゃん」


 飲みやすい魔力ポーションを作って欲しい。

そう言われた翌日、私と姉、そしてネアは大久保雄大の病室に集まった。


「……まだ、起きないね、おねえちゃん」

「ええ。でも、まだ一週間経ってないわ。全然短いわよ」


 姉は穏やかに言うと、慣れた様子で彼の枕元へ陣取る。

私は適当に椅子をふたつ手繰り寄せ、そこにネアと座る。


 よく見るほどではないが、稀でもない事例。

光魔法や、治癒士なるジョブによって治癒された時。特に損傷の度合いが大きい時。

そのまま意識が回復することなく、ただ懇々と眠り続けるだけの、植物人間にも近い状態になることがあるらしい。


 ただ、ドラマでよく見る生命維持の装置は必要ない。

呼吸も正常、脈も正常。特に気を付けて見る必要もない彼らは、ただ睡眠をとっているだけ。

長い間。


「このまま、目が覚めないのかな」

「そんなことはない。この状態になってから数えて、数日から一年の間にほとんどのやつらが目を覚ましている」


 私を安心させるためなのか、普段より優しいネアの声。

姉も、その声に同意する。


「本来なら回復しない症状を無理矢理回復させているものだから、身体の治癒能力が追い付かなくて、それを回復させるために眠っているなんて説も言われているわね」


 だから、今はただ休んでいるだけなのだと。

安心させるようなふたりの声色に、私の両目はうっすらと涙の膜を張る。


「……人って変わるものねぇ」


 姉はそれを拭き取りながら、感慨深そうに吐き出す。

しみじみとそんなことを言うものだから、つい、訝し気な目線をやってしまう。


「……何、おねえちゃん」

「いいえ、ついこの間まで雄大のことを嫌い嫌い言っていた子が、成長したわねぇ……って」

「あ、あれは! ……謝るタイミングを、逃してただけで……」


 つい尻すぼみになってしまう言葉をもにょもにょ呟いていると、堪らず噴き出したのは、意外なことにネア。

じとーっと姉に向けていた視線をそのまま彼に向ければ、慌てたように弁解をする。


「すまない、つい」

「何よ」

「その……似ていたから」

「何と」


 妙に口ごもる彼は、何故か視線を姉にやる。

姉はきょとんと首を傾げる。

やがてネアは、その重い口を開いた。


「カナタも、不都合なことがあるとそんな風に言葉尻を濁していたから」

「え?! そうなの、おねえちゃん?」

「あ、あら? そうだったかしら?」


 ターゲットになったのは姉。

まさか自分に話が振られるとは思わなかったのか、慌てたように明後日の方向を向いて誤魔化している。


「その動き、本当ですって白状しているようなものだよ、おねえちゃん」

「そ、そんなことないわよ、本当に……」

「ほら、似てる」


 姉妹だな。なんて微笑むネアの視線。

私は何となく気恥ずかしくなって、視線を明後日の方向に逸らす。


(あれ?)


 一瞬、脳裏にフラッシュバックが起こる。

デジャビュ、あるいは既視感。

こんなことが以前にもあったような気がする。

姉と、雄大と、私と。


(あと、誰かがいたような……)


 思い出せない。

もしかすると、陽夏かもしれない。

私を含む三人を覚えていて、陽夏を忘れていたのは申し訳ないけど。


(スマン、陽夏)


 特に反省はしていない。

私の意識は、恵美と呼ぶ姉の声に引き戻された。


「ごめんね、おねえちゃん。どうしたの?」

「いいえ、ただ、少しぼーっとしているようだったから」

「体調でも悪いのか」

「ううん。ただ、前にもこんなことあったなって感覚がしただけ。なんだっけ、ドッペルゲンガー現象?」


 私の言葉に、二人は顔を見合わせる。

まるで何かを確認しあっているような動きだが、なにを確認しているのかは、私には分からない。


「ドッペルゲンガー現象は場所のことじゃなかったか?」

「そうだった?」

「来たことの無い場所なのに、来たことがある気がするってなる現象」

「そうかもしれない」


 ネアに指摘され、じゃあなんだったかな、なんて思案していると、姉から質問が。


「ねえ恵美、それっていつのことだったか覚えてる?」

「え、いつ? うーん……。あった気がするってだけだったし……。わかんない。中学生くらいとか?」

「実はわたしも覚えてないのよね。誰がいたかしら」

「あ、あのね、おねえちゃんと雄大兄ちゃん、あと私がいた!」


 質問に答えると、姉は首を傾げる。


「本当に? えぇ、待って、思い出してみるわ……」

「これってそんなに重大なことだった? 全然そんな気がしないんだけど」

「重大じゃないかもしれないけど、なんかこう、思い出せないともやもやする時ってあるじゃない?」

「あ、分かる気がする。曲の感じは分かるのに歌詞とタイトルが思い出せない時とかそうなるよね」

「そう、そうなのよ!」


 なんだったかしらー。と尚も首を傾げる姉に、ヒントになるかと思い引っかかった出来事を挙げる。


「あのね、もうひとりいたはずなんだよね。全部で四人! 四人目って多分陽夏だと思う」

「四人いたの? 本当に?」

「うん。誰だったか本当に思い出せないんだけど、中学以前から仲良かったのって陽夏くらいだし」


 姉はしばらく考え込む。

やがて、お手上げとでも言うかの如く、大きく両手を上に上げた。


「だめ、思い出せないわ」

「思い出せなかったか」

「ええ。ああ、もやもやするー」


 しばらく頭の片隅にそのもやもやが残るであろう姉に向かい、そっと合掌した。

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